第六話 それって褒められてる? けなされてる? 

「えーと、あの……これはどういう……?」


 俺に抱きついておいおい泣いている王子に、ハンカチで目元を抑えさめざめと泣いている眼鏡野郎リアン(いや本当は動揺しない守護者リアンらしいんだけどな)に、遠慮がちに声をかける。いやだって俺には二人がそこまで泣いてくれる(のかな?)理由、知る権利あると思うからさ。


「あ、これは失礼! では順を追って説明致しましょう」


 リアンはすぐに反応。素早くハンカチを畳んで胸のポケットにしまいこみ、眼鏡をかけなおした。あ、いつもの澄ました眼鏡野郎リアンに戻ったぞ。まさに動揺しない守護者リアンだ。続いて王子はクスン、ヒックと鼻を鳴らしながら静かに俺から離れると、右手で涙を拭った。あぁ、泣いてる王子もまた可愛らしい……


「御免ね。思わず感情が吹き出ちゃって」


 と眩しそうに俺を見つめる。あー、今の王子は深いルビーレッドの瞳だ。普段は青みがかっているほど澄んだ白目の部分が今は薄っすらと紅い。俺の為に泣いてくれた、その事実が深い喜びとなって胸に響く。少し顔を乗り出せば桃の花びらみたいな唇にキス出来そうな距離。薔薇とバニラを混ぜたような甘い香りが俺の本能をかき乱す。あの唇に吸い付いたら、どんな味がするだろう……メープルシロップとか練乳ミルクみたいに濃厚な甘さが……じゃねーよ俺!!! ほら、返事! 落ち着いて質問するんだ!


「いいえ、とんでもないです。……自分は、『異世界転移』なんですね。じゃぁ、元の世界からそのままここに来た事になりますか?」


 王子は、寝ている俺の左脇腹あたりに両足を投げ出すようにして座り直した。普通ならお行儀悪く見えそうな体勢も、王子がやると何だか気品溢れて見える。宝塚の男役の人が着てそうな、ボタン部分にフリフリがついた長袖ブラウスにパール調の紺色のパンツ姿が、野生の猫を思わせるしなやかな体つきを容易に想像させる……て変態か俺! しっかりしろ!


「ええ、そのようです。何故なにゆえにこちらの世界に来たのかは謎ですが。あちらの世界では忽然と姿を消した、と騒ぎになっているようです」


 そうだ! そこ重要じゃねーか! 危うく流すとこだったぜ。


「事件扱いになってる、て事ですか?」

「まぁ、そうですね。弟君おとうとぎみの誕生日のお祝いに、御実家に帰るお約束をされていましたね?」

「あぁ、そう言えば……」


 そうだった。俺と弟は誕生日が三日しか違わないんだな。それで三日後の弟に合わせて兄弟一緒に祝うってのが我が家のしきたりで。でも、結局メインは弟だし、てんで。大学に入ってからは「行けたらいくよ」てスタイルにしてたんだが……連絡もしなかったからそこで俺が居なくなった事に気付いたのか。


「こちらでも、あちらの世界のニュースは見る事は可能ですし、インターネットであちらの世界に繋ぐ事も出来ますから。体調が安定したらご覧になってみては如何ですか? こちらの世界に来て日が浅いですから、時空のひずみに体が慣れるまで少し体調を崩しやすいと思いますが、徐々に安定するでしょう」


 あぁ、時空の歪とかよく分から無いけど、やっぱり異世界酔いみたいな感じか……て何? あっちの世界のニュース? インターネット?


「ここから、あちらの世界のテレビやインターネットを見たり出来るんですか?」

「ええ。エターナル王家の特権ですね。特別なパスワードが必要で、こちらからコンタクトを取ったりSNSに書き込んだりするのは王の許可がいりますから滅多に出来ませんがね。少しずつこの世界の仕組みについてお教えして参りますが、取りあえずはここエターナル王家がこの世界でのトップである事を覚えておいてください」

「あ、はい……」


 何となく雰囲気で感覚は掴めた。だけどハッキリとは分からん。これがもし弟の光希みつきだったら、一を聞いて十を知る、て瞬時に理解しちゃうんだろうけど。て感じでまぁ、光希がいるし、出来損ないの俺なんか居なくても父ちゃんも母ちゃんも、誰も困らないだろうな。居たってどうせ弟の引き立て役でしかねーしな。すぐ、忘れられちゃうさ。


「でもさ、本当によく頑張ってきたよね。偉かったよ。ここではそんな思い、させないからね!」


 王子は気の毒そうに俺を見る。何の事だ? 今の王子の瞳は、黄昏時の夕闇みたいな紫色だ。


「ええ、さすがの私も気の毒に思いましたし、外見に寄らず器の大きな御方だと深く感じ入りましたね」


 ほら、リアンまで。何の事さ? それに外見によらずって……そりゃ、王子や光希に比べたらアレだけど、普通にみたら俺だって美形の類だぞ!


「えーと、何の事でしょう?」

「あー君はなんて慈悲深いんだ!」


 王子は感極まったようにそう言って俺の胸に顔を埋めた。こんな風に甘えられるのも、悪くないな。


「ご自身で気づかれていないのですか? 極めて優秀な弟さんに比較され、蔑まれてお育ちになったのにひねくれずひたすら真っすぐに生きてこられた」

「あ……え?」


 そんな事??? 別に普通じゃね? 卑屈になったって、影で死に物狂いで努力したって弟みたいになれなかったし。それで弟恨んだら逆恨みやん。そんな情けない男にはなりたくねーし。


「ここに来る前なんか、君の作品を盗作した奴が受賞したじゃないか。それを恨む事なく、自分も軽率だったし、そいつだったから受賞出来たんだ、とかすぐ許したりさ。なかなかそんな事思えるもんじゃないよ」


 王子は俺の胸にすがりながら上目遣いで見つめる。夕闇色の瞳に、いっぱいの涙を湛えて。なんだか守ってやりたい、そんな気分になる。


「ええ、同感です。優秀過ぎる弟の元、よくぞ純粋に思いやり深く育ってこられましたな。悪事を働いた仲間まで許し、祝福してやるとは見上げたものです」


 リアンは眼鏡のエッジに右人差し指を当てながら言った。心なしか、ハシバミ色の瞳が潤んでいるような……?


「あ、いいえ。恨んでも怒ってみても自分が優秀になれる訳ではないので。それなら現実を受け入れて開き直る方が俺自身が楽だったから、そうしてきただけですよ。そんな凄い事じゃないです」


 自嘲気味に答えた。これは本心さ。


「偉いなぁ」


 とまた泣き出す王子。


「ええ、本当に……」


 とリアンは眼鏡を外し、懐から再びハンカチを取り出して目元を抑えた。なんだかなぁ、そんな事で感動してたのか。それって別に普通の事じゃね? 偉くもなんともねーし。褒められてるのかけなされてるのか分からんほど些細な事だったなぁ。何だ、そんな事か。てっきり、俺にも気づかなかった類稀な能力でも見つかったのかと思った。ラノベみたくはいかねーか。異世界でも、「ムササビの五能」のまんまかな……。

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