思い出話に必要なノスタルジー

#1 ケサランパサラン

 薄いカーテンが陽光を僅かに遮り、春の穏やかな温もりは年季の入った黄色い64のコントローラーに伝わっていく。ブラウン管に映ったマリオストーリーは草原の風景で止まり、初めてそれを動かす僕は一旦指の動きをストップさせていた。


「これ、飼ってるケサランパサラン」

「ケサランパサラン……?」


 折り紙で折ったような立方体の小さな箱を開けると、500円玉ほどの大きさの綿毛玉が鎮座していた。風もないのに箱の中を転がって、底面に敷かれた白粉を綿毛の先に付けているその姿は、本当に生きているようだと思った。

 これは、彼女の家で彼女が飼っているケサランパサランなのだ。


 彼女は僕の幼なじみで、二つ年上の姉のような存在だった。体格は小さく、当時の僕とそう変わらない背丈だったが、僕にとっては大きな存在だ。四歳で初めて認識した異性は、雛鳥が親を認識するように、幼い僕に恋を覚えさせたからだ。

 出会いから四年が経ち、僕は彼女の家でケサランパサランを見ている。何故か誘われたのだ。


「ケサランパサラン飼ってると願いが叶うんだって。なんかお願いしてみたら〜?」

 彼女は大金持ちになることを願ったらしく、ニヤニヤと笑っていた。確か学校で書いた短冊にも同じようなことを書いていた気がする。その辺りは、今でもブレないのかもしれない。

 僕は笑うたびに揺れる彼女のポニーテールの先を眺めながら、心の内に浮かんだ願いをケセランパサランに祈った。


 それからもう十年以上経って、僕はケサランパサランをネットで検索して拍子抜けする。画像欄にあるアザミの種は、明らかに記憶の中のケサランパサランに近いのだ。

 よく考えれば、彼女はそれを桐の箱になど入れていないし、そもそも飼っていることを秘密にする人が多いらしい。『願いが叶う』という逸話もない。じゃあ、明らかに生きているように見えたあれは本当に何だったんだ。

 それでも、僕はあのケサランパサランを信じる気持ちを捨て切れていない。初恋が中途半端に叶って、長く続いた夢は最近終わった。

 願いを叶えるなら完璧にやってくれよ。僕はあのケサランパサランに無理な仕事を押し付けて、記憶の引き出しにしまった。

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