これから

ゆゆゆ

1 冷たい町

▪️


この町はとても冷たい。

人、物、時代、風景等のあらゆるものが冷たく取り残されている。

春に咲く桜は薄く、夏の暑い緑は不格好で、秋の紅葉の自然さも枯れ、冬は薄暗い雲に覆われている、そんな町だ。

しかし、そんな町でも人はいる。灰色の町には、灰色の人達が住んでいる。

朝は暗い顔で動き出し、昼は活気の無い町が、さらに静けさを増し、夜には疲れた陰鬱さが、そこら中に漂っている。

全員がこんな人ではないのだが、人が町を創る時代、それは全体を誘い、悪いところにしか目がいかなくなるのが人だ。当然、その町は暗い町並みへと変わっていく。

その暗い町に、人は

「薄い町」

と表した。

その町は長い間、変われない色を保っている。

そして、この町に入り込んだ新しい色は、短い時の中で、色を失っていった。


▪️


「冷えるぅ」

赤いマフラーに顔をうずめて喋る結姫は、17歳の自覚のない様な言い方をしている。

「今日寒いもんね」

「寒いけど冷えるの」

少しウザめに返されたが、これくらいでイラついていたらキリがない。

「雪希の家、今日遊べる?」

「ん、いいよ」

「やったあ。雪希んちコタツあるから凄いだらけれるし、いいよね」

自分の家にだらけに来られるのも、なんか嫌だなと思いながらも、拒否することはない。

学校からの帰り道、途中にある自動販売機で、100円でいつも買うコーンスープを押すが、出てこない。昨日買ったコーンスープが最後だったのだろう。次のコーンスープが補充されるのは、いつかは分からない。なんでもいいから温まりたいと、雪希はおしるこを買った。だが、出てきたおしるこは冷たく、温かいゾーンにあったのに、その役割を果たしてくれない。出て来たおしるこをポケットに入れ、家のレンジで温めようと、道を進む。

「ねぇ、雪希はこの町出るの?」

ふと、そんなことを聞かれた。

「どうしたの、いきなり」

高二の冬、そろそろ春が来るこの時期に、そんなことを聞かれると、なんのことかは理解しつつも、会話を繋げる。

「だって、あたし達そろそろ高三になるし、もう大体の人達って進路くらい決めてるでしょ?」

やはり、これからの進路の事だった。

「ここの人達は、そうでもないかもよ。だって、何もないし」

どの町の常識を語ろうが、この狭い町では大した悩みではない。寧ろ、外の世界に憧れる事が間違いなのだ。

黙っていても訪れる安寧、勝手に引き継がれる進路。決めるのは自分ではなく、親類の意向に従わなければいけない。

ここはそういう町だ。

「いやさ、確かにそうかもだけど…ん〜なんて言えばいいのかなぁ」

結姫の言いたいことは分かるし、出来る限りの理解はしている。

それでも、この町から出て行きたい理由を明確に言うことが出来ないそれは、結姫が都会に憧れた、劣等感でしかない。別に、明確にしたところで、この町を出ていく人は皆、劣等感を抱いていることだろう。

「都会に行っても、ここに帰って来たくなるよ」

この町は、外には合わない。

この町の常識は外の常識とは明らかに違う。

外の世界を知らなくても、この町の薄さを理解している雪希は、この町で終わりたかった。

「…?何か言った?」

一人小さく呟いたそれは、繰り返されることはなかった。

「なんでもないよ、あっちの方が楽しそうだよね」

「あ、雪希も分かる?あたし達二人で上京して、一緒に住まない?」

「それはいや。そうなったら結姫、全部の家事私に任せて遊び呆けてそうじゃん」

「そんなことないし、ちゃんと当番制で回すから!」

「どうだろうね」

結姫の性格上、やらないことはなかったとしても、面倒くさがりなところや、どこか抜けていることもあるので、一緒に住むのはこちらが疲れてしまいそうだ。

「雪希はそういうところ真面目だよね。なんか都会の会社に勤めても、細かいことねちねち言ってる上司になりそう」

悪気のないことだと分かってはいても、結姫には慎みを学んでほしい。

いや、性格を変えるのは無理かもしれない。というか、都会の会社に勤めないし。

結姫の発言にここまでツッコミができるのは、雪希が細かいのか、結姫がそうさせているのか。

「そもそもここから出る気がないよ。大変そうだし」

「そんなことないよ。調べてみたけど、都会も田舎もそこまで生活変わらないって」

そんなわけがないだろう。例えそれが本当だとして、もう少し進んだ田舎のことを指しているはずだ。この町では比較が出来ない。というか、そこまで生活が変わらないなら、ここから出なくてもいいのではないだろうか。

「それでも私は行かない。こっちの方が楽だし」

向こうは大変そうだし。

「ふぅん」

進路の話になろうが、いつもの会話の雰囲気に落ち着く流れは、これが友人同士の会話と認識できる。

歩く二人のスピードはほとんど同じで、イラついた様子もなく、溶け込んでいる。

「今日、寒いね」

「冷えるの」

同じ会話が二度続いても違和感がないくらいに、仲がいいのか、仲が悪いのか。

そもそも、この二人は友達というより、家族という仲の関係に近いかもしれない。


この前、二人で話していたテレビドラマの事。

「ねえねえ、このドラマの人達の服ってどうなのかなこれ」

結姫が真剣な顔をしながら聞いてくる。

「どうって、何が?」

どうせまたくだらないことにでも気がついたのかと、話を聞く体制に入る。

「や、この学校の人達って、そろそろ卒業とか言ってるのにさ、めっちゃスカート短いし、コートとかジャンバー着てないよね」

「…そうだね」

予想通りのアホなことを聞いてくる。

「卒業式三月ってことは、今二月の世界の話だよね。寒くないのかな」

「あっちの方、ここよりは寒くならないんじゃあないかな。雪とか降ってないし、風もそんなに強くなさそう」

「そうかなぁ。これドラマだし、絶対都合よく二月って言ってるだけだよね」

そんなのだから、結姫は馬鹿なのだ。

中にヒートテックを着たり、生地がモコモコの服を着るなりすれば、あちらの方は乗りきれそうだし、こことは違って、服装を気にできるくらいには過ごしやすいだろう。

若者は若者らしい服装を楽しんでいるだけだ。周りにちょいちょい映るおっさん達は普通にジャンバーやコートを着ていた。

このことからは寒さも伝わるのに、彼女は周りをよく見ない。よくドジをおこすのも、彼女らしさであり、散漫な注意力のせいだ。いつでも周りに気を張れとは言わないが、それくらい気がついて当然かと思う。

なんて言ったって、これはドラマなのだと、自分でも言っていたのに。

都合よく書いて、都合よく見えるこの脚本に、私は特に文句はないし、興味もない。ありきたりだなと流している。

それより気になるのは、結姫がコタツで寝ながらせんべいを食べていることだ。彼女は、こぼした食べカスは自分で片付けるし、食べる物も自分で持ってくるが、その食べ方は、女の子としてはどうなのだろうか。

「結姫、行儀が悪いよ。ちゃんと座って食べて」

「えー、今いいところ」

寝そべって食べるせんべいのどこにいいところと言っているのか。確かに楽な姿勢だとは思うけど、それとこれは関係ない。

「なんか、お母さんみたいだよね」

これもお決まりのセリフ。

しかし、周りから見ても、自分から見ても、これでは本当に母娘の会話だし、なんだかんだ言って雪希は結姫に甘い。台所から戻った雪希は、何皿か料理を持って来た。

「このハンバーグ雪希が作ったの?凄いじゃん!」

「や、この前食べたいって言ってたし、今日、親帰ってこないんでしょ。食べて行きなよ」

「ありがとう!」

本当に家族のような付き合いだ。


思い返してみると、なるほど、これが親子なのかと納得してしまう。

「それでも別にいいんだけどな」

そうして、いつの間にか着いていた家の風除室を開け、靴を左右二回ずつトントンとつき、玄関のドアを開けた。



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