逢瀬
@end_roll
逢瀬
あなたはいつもそうね、と彼女は寂しそうに笑った。俺のスーツの裾を名残惜しそうに離すその手はもう自分の知る少女ではない。清楚な花柄のワンピースも、少し背伸びした高めのヒールも、ゆるく巻かれた長めの髪も、全部、全部、全部───「貴方に似合うレディになるように努力したのよ、私」
不意に彼女が声を落とした。
「貴方はいつも"大人"だったから」
「年齢が上なだけだろ」
「それもあるけど、そうじゃなくて」
無邪気な笑顔はもうそこにない。あるのは微笑と感情を痛いほど伝えてくる目と、それと。
「結局ずっと、追いつけやしなかったけど」
逸らされた目を追うように頬に手を触れて、撫でて、ふいに唇にキスをした。強ばった体を引き寄せて抱き締めた。俺たちはこうやって生きてきた、生きてしまった、これしかもうわからないから。自分とは違う香水の匂いがする。それが何となく気に食わなくて、はだけた胸元に痕を付けた。抵抗はされない。それにまた腹が立つ。吐きそうだ。
お前のせいだ、と呟いた。私のせいにしてくれるの、と答えがあった、心做しかその声は弾んでいる。馬鹿な女だなと思った。
「馬鹿な女だと思ったでしょう」
「思ったよ」
「その馬鹿な女を捕まえたのはどこの誰だと?」
「……勝手に捕まりに来たんだろ」
「だから馬鹿なの」
カラカラと彼女が笑う。外から雨の音がする。仄暗い部屋は甘い匂いがする。最悪だ。少なくとも俺が知る中では最低で最悪で、一番最高な夜だ。気分が悪い。思わず笑みを溢す。彼女の心臓の音が雨音に掻き消されて聞こえない。目の前の彼女は確かに生きているのに、その音だけが世界から消えたみたいに。今なら死んでも良いと思った。
「最高な女だよ、お前」
見開かれた目を覗き込んで、それでもう一度キスをした。
「嬉しい、その言葉のためだけに生きてきたから」
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