創作SS集

御影しおり

星の墓場

 気づけばわたしはそこにいて、ぼんやりと所在なくただ立ちすくんでいた。

 強い風の吹く場所だった。生ぬるく、どこかカッターナイフの錆に似た匂いのする風がわたしの髪を、頬を、服をなぶっている。まるで春の午睡から醒める瞬間のように、ただ景色を景色としてのみ認識していた目が本当の意味で開く。

 暗い場所であり、それでいて明るい場所だとしか言いようのないその場所は、当たり前だけどわたしの思い出しうる限りの記憶には存在しなかった。たとえば思い出せない頃、幼児期健忘にもっていかれた領域にある事柄ならばわからないが、少なくとも物心ついてから生きてきた現在に至るまでのすべてにおいて、わたしはこんな場所を知らない。自らの意思でやってきたなんていうことは、ない。

 きっと、夜なのだと思う。けれど天上には月どころか星さえ瞬かず、ただ吸い込まれそうなほどの暗闇が驚くほどの存在感でごく間近に顔を寄せて蹲っている。そして赤茶色をした地面には決して少なくない量の星屑が埋まっており、今にも消えそうな光を放っている。電池の切れそうな懐中電灯みたいに明滅するもの、弱い光を放ち続けるもの、あるいはもう光を失ってしまったもの。今わたしが踏みしめている地面を構成する土や石や砂たちのすべては、おそらく遠い昔、光を放っていたのだろう。

 ここは、星の墓場だ。鉄錆の匂いの中、おぼろに光る自分の手を、途方に暮れたようなきもちでじっと見つめた。

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