第202話 SS:エムメルクの再構築 ②
頭に過ったのは、ムギちゃんのあの言葉だった。
──なあ、アンジェ……『オルヴィルカ』に帰ったら、みんなによろしく伝えてくれないか?
彼はそう言っていた。けれども、それを「自分で言いなさい」とも言ったのもあたしだ。だから、これ以上のことは言えない。
「……そのうち、あの子から直接挨拶しに来ると思いますよ」
その発言にオズモンド神官長は驚いたように目を瞠らせたが、すぐに「そうだな」と微笑んだ。
「さて、本題へ戻ろう。私がここに来たのは他でもない。女神エスメラルダの
「おじさん。エスメラルダお姉さんのこと知ってるの?」
リオちゃんがキョトンとした様子で尋ねると、オズモンド神官長は無言でコクリと頷いた。
「姿は見えぬが、声は聞こえる。そして、かの方の声を聞くことが、私の役目である」
神官は「神様の代弁者」であり、その中でトップのオズモンド神官長は「神様に一番近い存在」である。だから、神官長の言葉は神様の言葉と言われるのだ。
「エスメラルダ様はお主らに褒美をやったようだな。アンジェは家族の墓の整備。セリナはギルドの改修。リオンは……エルフの里の発展、と言ったところか」
「ええ。その通りです」
これまで疑っていた訳ではないが、こうしてあたしたちしか知らないことをすでにオズモンド神官長にも伝わっているところを目の当たりにすると、「本当に神様の声が聞こえているのだな」と思った。
思っていることはみんな同じようで、特にリオちゃんは「すごーい」と目を輝かせている。
あどけないリオちゃんから尊敬の眼差しを向けられて照れているのか、オズモンド神官長の頬は少し赤くなっていた。だが、すぐに「コホン」と咳払いをし、話を戻した。
「ギルドに関してはすでに腕利きの【
「はい、ありがとうございます。早速行ってまいります」
「アンジェの家族は私が責任を持って手厚く葬ろう。構わんか?」
「神官長に葬っていただけるなんて……感謝してもしきれません」
「何を言う。勇者を一番サポートしてくれたお前の家族のため。これくらいお安い御用だ。さて、問題はエルフなのだが……」
と、オズモンド神官長は難しい顔をしながら、ご自身の立派な髭を撫でた。
オズモンド神官長がそんな顔をするのは仕方がない。リオちゃんの「エルフの里の発展」は順当な報酬だと思うが、資材にしろ人材にしろ、発展をするにはどうしても私たち人間の協力が必要だ。
資材をあげるだけなら簡単だろう。だが、発展となれば話が違う。あんな小さなコミュニティだけでは資材をあげたとしても発展はたかが知れている。せいぜいリオちゃんの実家のようなちゃんとした家ができあがって終わるだけだ。
実際にエルフの里を見たからこそ、わかる。彼らはいずれ、あの里から出なければならない。
里を捨てろと言っている訳ではない。物資を調達できるように『オルヴィルカ』や『カトミア』など大きめな市町に行き来ができるようにする、ということだ。だが、彼らにとってはこれが大きな問題だろう。なんせエルフは、大の人間嫌いだ。
「エルフ自体が我々を受け入れてくれるか……ということですね」
エルフは人間に対して偏見が強い。リオちゃんなんてハーフエルフということだけで他のエルフに迫害を受けていた。それくらいあたしたち人間がエルフたちに嫌われることをやらかしたということなのだが、長生きのエルフたちにとってはそんな人間たちの黒歴史もごく最近のことと捉えてるのだろう。だから今でも、あの瘴気が強い『ザラクの森』の奥から出てこないのだ。
「商談をするにしても、場所が場所ですからね……
「うん……ピン留めについても、フーリ君から教わったし……」
「そう思って女神エスメラルダが『オルヴィルカ』まで来るようエルフの長にお声がけをしたそうだが……果たして、本当に来てくれるのやら」
「あら、もう彼に声をかけてるのです?」
気を揉むオズモンド神官長だったが、それを聞けただけで一気に心配事が吹き飛んだ。
「彼なら来てくれますよ。とっても頭が良いし、何より『いいこ』ですし」
「長」という言葉を出しただけでニコニコ顔になるあたしを見て、オズモンド神官長は不思議そうに顔を傾げる。
そんなことを話している間に風がふわっとつむじを巻いた。風の扉が開かれる知らせでもある。つまり、彼のご登場ということだ。
つむじを巻いた風の中央から現れた彼を見て、オズモンド神官長とリオちゃんは驚いたように目を瞠った。
「……あんたがオズモンドか?」
着いて早々、彼は自分の青い髪を掻き上げ、オズモンド神官長に尋ねた。
彼は髪を掻き上げたままオズモンド神官長に自分の耳を見せるよう、わずかに顔を横に向けた。上に尖った長い耳。それは「自分がエルフだ」と言っているようなものだった。
「長のライザだ。よろしく頼む」
そうやって名乗り出た彼──エルフの長・ライザの登場に、オズモンド神官長は驚いたように何度も瞬きをした。
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