第186話 イメージと情熱と勢い《ノリ》
「死ぬつもりじゃないんでしょ?」
「もちろん。約束だ」
力強く頷くと、アンジェは持っていた剣を無言で鞘に収め、倒れ込んでいるセリナとリオンの元へと向かった。こんな無茶な請いを受け入れてくれた彼に、俺は心から感謝した。
アンジェがセリナから受け取った「風の盾」を構えて風の魔法を発動させる。あの風の護りがあれば、ひとまず仲間たちのダメージは減らせるだろう。
ごくりと唾を飲み、一歩、また一歩とセトへと近づく。そんな緊迫した俺の顔を見て、セトがまた嘲笑う。
「作戦会議は終わったか?」
「ああ……わざわざ待っていてくれたことだけは感謝してるよ」
「そりゃそうさ。俺だって楽しみたいのでね」
そう言いながらセトは両腕と両翼を大きく広げた。その動きに反応するようにセトの周辺でプラズマが駆け巡っている。俺との圧倒的な魔力の差を見せつけるように。
「んで、勇者様は何を思いついたんだよ」
俺の頭の上にいたノアがゆっくりと肩元に降りてくる。たとえ俺が何をするかわかっていなくても、奴は俺から離れる気がないらしい。
「まあ、どっちに転がろうが俺たちは共倒れだ。気にせずにやれよ」
生きる時も一緒。死ぬ時も一緒。それが、神の使いと契約者との関係性だ。それに恥じぬよう、ノアは俺のそばにいてくれているみたいだ。この肩の重みが、今は無性に心強い。
「……ありがとよ、ノア」
柄にもなく礼を言う俺にノアは意外そうな顔をしたが、すぐに口角を上げた。
徐に両腕を伸ばし、神経を集中させる。元々ない
目を閉じ、さらに魔力を研ぎ澄ます。今、俺の
「お前……なんだそれは」
セトの焦った声がしたので、閉じていた目をうっすらと開けた。俺の手の中には紺色と紫色が綺麗に混ざった光の球が生まれていた。紺色の光はノアから受け継いだ氷の魔力。そして紫色の光は、辺りを渦巻いている瘴気の魔力。初めて見る代物でもわかる。これは、俺の魔力が具現化したものだ。今なら行ける。絶対に行ける。
魔法は『イメージ』と『情熱』と『
やってやるよ。この一撃に、全てを賭けてやる。
「ぶっ壊せ。『
これが俺の切り札。初めて使った魔法で、初めて使えなかった魔法。
魔法を詠唱すると、両腕の先にあった光の球がフラッシュを焚いたかのような強い光を放った。
放たれた光からわずかに遅れ、耳を
爆破された峰がガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。崩れたのは峰だけでない。地面も、その辺に転がっていた岩も、俺の近辺にあったもの全てが爆発に巻き込まれたのだ。名前通りの「大爆発魔法」。加減ができていないところが、なんとも【
吹っ飛ばされている間、走馬灯のように目に入る光景がスローモーションに見えた。
「ムギちゃん!」
「ムギトさん!」
アンジェとセリナが青ざめた顔で俺の名を叫ぶ。リオンは、うっすらと瞼を開けて目を凝らしながら俺を見上げる。セトはというと、諸に爆撃を食らったせいで顔が狼狽と苦痛で歪んでいた。俺がこんな大技を出せるとは思っていなかったのだろう。どいつもこいつも、俺のことを舐めやがって。
「ざまあみやがれ」
そうやって歯を見せて笑いながら、俺は魔王共に言い捨てた。後頭部に強い衝撃と激痛を感じてぷっつりと意識が途切れたのは、その言葉を吐いたすぐ後のことだった。
それからどれくらい意識を失っていただろう。重たい瞼を開けても、目の前は暗いままだった。
体が圧迫されて指一本動かすことができない。呼吸も上手くできない。おそらく爆発のせいで崩れた岩場の下敷きになってしまったのだろう。こうして生きているのが不思議なくらいだ。
体を動かせられないのは何も岩場の下敷きにされているだけではなかった。
体が融解したように力が入らない。かろうじて浅い呼吸ができるが、それ以外のことはできていない。魔力が枯渇したのだ。当たり前だ。足りないはずの魔力を体中から捻り出して使った。魔力も体力も無になるに決まっている。
ぼうっとしながら意識を闇に溶かしていると、いきなり頭上から光が差し込んだ。突然差し込む光に目が眩む。だが、目を凝らしているうちに突然腕を取られ、力任せに引っ張られた。
誰かが俺を救い出してくれた。一瞬抱いたそんな希望は、なんとも淡く儚いものだった。
「よぉ……やってくれたじゃねえか、勇者様」
俺を岩場から引っ張り出したのは、他ならぬセトだった。頭から血を流し、剥き出しになった肌は擦り切れ、土埃まみれになっていたが、それでもセトはまだ動けていた。
引っ張り出されて腕を握られたまま、宙ぶらりんになる。朦朧とした意識と力が入らないこの体では、こいつから逃げることも、握られた奴の腕を振り払うこともできない。ただ、重力に身を任せてゆらゆらと揺れるだけ。
「ちょっとあんた……ムギちゃんに手を出したら容赦しないわよ……」
どこからかアンジェの低い声が聞こえる。
声をしたほうに視線を向けるとアンジェがセリナとリオンをかばいながら、風の盾で必死に押しつぶそうとしている巨大な岩を抑えていた。彼の足元にいるセリナとリオンは目を閉じたまま動かない。気絶しているだけということを、心から祈っている。
「威勢は良いが、どうせそこから一歩も動くことができだろ?」
アンジェが血眼になって睨みつけても、セトは余裕綽々だった。
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