第142話 「その筋肉はなんのためにあるんすか」

 この時だけ、全てがコマ送りに見えた。



「うおらぁぁぁ!」



 果敢に吠えた俺。

 爆風の勢いで蹴り破られた扉は宙を舞い、それを見たミドリーさんが驚いで目を剥く。



 飛び蹴りが決まった俺は華麗に着地するが、その途端に床一面に溜まっていた水が爆発したように跳ねた。



「ミドリー神官!」



 遅れてアンジェが声を荒げて部屋に入る。だが、アンジェも、その後に続いて入ったリオンとノアも飛ぶ水飛沫にギョッとしていた。



 部屋が水たまりのように水浸しだ。それも、着地しただけで顔面と服がビシャビシャになるくらいに。

 リオンの起こした爆風も相まって、とんだ派手な登場になってしまった。



 この舞台を整えたのはパルス。ただ、理由はまだわからない。こいつの魔法属性は水だから、そこは十分注意しないといけない。



 こちらが警戒する一方で、パルスは目を細めて手をパチパチと叩いた。



「……おめでとうございます。ステージクリアですよ」



 口調も表情も明るいが、眼鏡の奥にある大きな目は決して笑っていなかった。



 ひしひしと感じる殺気に俺とアンジェがそれぞれ武器を構え、リオンは予め持っていた杖を握り直す。



 一触即発する空気間の中、戦う前にやることがひとつある。それをリオンはちゃんとわかってくれていた。



 無言でリオンが杖を振ると杖の風核ウィンド・コアがぼんやりと光り、先からつむじを巻いた風が現れた。



 そのつむじ風に引き寄せられるように向かい風が吹いたと思うと、今度は目の前にいたはずのミドリーさんが一瞬でいなくなった。



 ミドリーさんの頭部に置いていたパルスの足がからになり、即座に足が床に着く。

 ぴちゃんと奴の足元で水が飛んだと思ったら、今度はリオンの足元でミドリーさんが転がっていた。



「へえ……これが風の魔法。さっきの風も、君が起こしたのですね?」



 パルスが感心するようにリオンを見る。だが、リオンは無言でパルスのことを見つめ返していた。純粋無垢な彼が俺たちに初めて見せた敵意だった。



 一方、アンジェは人命のほうを優先していた。



「大丈夫ですか?」



 そう言ってアンジェはミドリーさんの腕に巻かれている鎖を外す。器用なアンジェのおかげで鎖はすんなりと外れた。これでとりあえずは人質救出だ。



「……ほんと、その筋肉はなんのためにあるんすか」



 冗談交じりでミドリーさんに言うと、「そうだな」と苦笑いされた。しかし、パルスに食らわされた傷も自分の治癒魔法であっという間に治している。ここはひとまず任せてよさそうだ。これで安心してパルスに臨める。



「まあ、せいぜい頑張れよ」



 そう言ってノアはトンッとリオンから降りてミドリーさんの横に座った。この姿では戦闘の邪魔になると思ったのだろう。こいつなりに意外と気を遣っているらしい。



 意外といえば、こんなにも隙だらけなのにパルスのほうは俺たちの臨戦態勢が整うのを待っていた。



「……準備は終わりました?」



 パルスがクイッと眼鏡を直し、ニッと口角を上げる。



「……随分と優しいのね」

「僕としても、ゲームは楽しみたいもので」



 つまり、背中を向けているうちは攻撃を仕かけてこない。だが、その逆も然り。色々と察したアンジェは徐に立ち上がり、俺たちの隣に着いた。



「……では、最後のゲームと致しましょうか」

「うるせえ、さっさとやるぞ万年厨二病」



 ここまでの怒りを込めてバトルフォークの切っ先をパルスに向ける。挑発の意味は捉えらていないようだが、この際どうでもいい。俺はさっさとこいつをぶん殴りたい。



「それでは――始めましょうか」



 互いの殺気がぶつかり合う。始まりの合図に堪らず足を踏み込む。

 だが、攻撃を仕かけたのは俺なのに、パルスの眼中に俺はいなかった。



「――まずは君からですよ、ハーフエルフ君」



 ニタついたパルスの目がカッと見開く。その瞬間、パルスの体は足元からドロリと溶け、水に沈んだ。

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