第128話 「見えざる手」は魔王のもの

「あいつらが現れた場所のことを思い出してちょうだい」


 

 ひとつひとつ、洗い出していく。

 爆破クソ野郎は『オルヴィルカ』のギルド集会所。

 【魔物使いテイマー】のアルジャーとリッチーヌはエルフの隠れ里。

 そしてパルスはこの貿易の街『カトミア』。いや、パルスはそれだけでなく、神官も拉致をしている。



「もしかして……魔力マジックパワーが高い奴らを狙っているのか?」



 フーリの答えにアンジェは「おそらく」と頷く。

 考えれば彼の言う通りだ。ギルドを爆破したのもギルド員がほとんどいない早朝。狙っていたのは集会所ではなく職員である【錬金術師アルケミスト】だとしたら……それだけで確かに街の機能はガクンと落ちる。神官たちだけ殺されないのは、もしかすると彼らの使える治癒魔法は魔物たちにも有効なのかもしれない。



「つまり、奴さんにとって敵に回ったら厄介な奴らを先に潰しているって訳か」

「そして、【治療師ヒーラー】を独占してあたしたちの回復力をも押さえ込んでいる」



 真顔になるアンジェにごくりと唾を呑む。それはまるで「見えざる手」とでも言えようか。一件点々としていた事柄がひとつの線に繫がっている。

 問題は、その「点」がいつから「線」になっていたかということ。



「まるでなんらかの力が働いているみたいで、不気味に思うのよ。この『カトミア』の街みたいに、ね」



 その「なんらか」の力は十中八九魔王様だろう。この確実に人類をつぶしていく嫌らしい手口、流石魔王様だ。



「お待たせしました」



 そんな中、割り込むようにウエイターが机に頼んだ料理を置く。あれだけ緊迫した空気だったのに、湯気だった温かい料理を見ると一気に腹の虫が鳴った。



「……とりあえず、飯食うか」

「賛成」



 一息ついた俺たちは次々と運ばれる料理に手を伸ばした。

 流石港町。出てくる海鮮はどれも活きが良く、魚も蝦も身が引き締まっていてどれも美味い。労働に加えて頭も使ったからか、体も頭も栄養を欲していたのかもしれない。



「それにしても、明日には帰らなきゃいけねえのに神官様たちの在り処も全然見当がついていないのが悔しいぜ」



 注文した海鮮パスタをむさぼりながら、フーリは悔しそうに話す。

 俺たちともっと一緒にいたいのは山々らしいが、彼にはギルドの仕事がある。だから彼がこの街にいられるのはせいぜい明日の午前中までらしい。



「まあ、あたしはよくここまで付き合ってくれたと思ってるわよ。助かったけど」

「だって、気になるだろうよ。お前ならまだしも、ムギトは頼りなさそうだし」

「おいコラ、本人の前で言うんじゃねえよ。自覚してるんだから」



 顔をしかめるとフーリは「悪い悪い」とケラケラ笑う。だが、どさくさに紛れて魚を食いながらノアが頷いていることを俺は見逃さない。



「でも、収穫がなくったって疲れたもんは疲れたし……今日のところは宿でゆっくり休もうぜ」



 そう言いながらもぐもぐとカルパッチョを食べていると、なぜかそこでアンジェの手がピタリと止まった。



「アンジェ君、どしたのー?」



 表情が固まるアンジェにリオンが不思議そうにするが、アンジェは「あはは……」と言いながら逃げるように視線を逸らした。

 彼がここまで目を泳がせるくらいばつの悪そうな顔をするのは珍しい気がする。そして同時に嫌な予感がする。



「な……なしたアンジェ……」



 頬を引き攣らせながらアンジェに尋ねる。

 するとアンジェは苦笑いを浮かべながら、持っていたフォークを置いてそっと両手を合わせた。



「ごめん、宿空いてなかったわ」

「……え??」



 間の抜けた声で返すと、フーリも目を大きくして固まった。



「……もしかして、人が多すぎて?」

「そう……みたい」



 手を合わせながらアンジェは申し訳なさそうに頭を下げる。それを知らしめるように辺りからはうるさいくらいの談笑が聞こえる。

 それはそうだ。ただでさえ商人たちが来る『貿易の街』なのにそれに加えて傭兵や冒険者、ギルド員が来ているのだ。この街には人が溢れかえっている。それなら、宿が埋まっていてもおかしくない。

 おかしくないのだが……



「え? もしかして野宿?」

「噓だろおい」



 真っ青になる俺たちにアンジェは「う~ん」と締まりのない返事をする。

 そんな中、リオンは目をぱちくりとさせながらアンジェの服の袖を引いた。



「アンジェ君、あのおばあちゃんのこと話さないの?」

「おばあちゃん?」



 ――って、誰のこと?

 読めない展開に戸惑っていると、アンジェは諦めたように息をついた。



「まあ……哀れな子羊たちを拾ってくれた女神様がいたってことよ」



 その意味深な言い方に、俺もフーリも顔を合わせて首を傾げた。

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