第118話 お届けものでございます

 ◆ ◆ ◆



 世界が破滅しそうだというのに、この数日間は気の抜けるくらい穏やかな日々が過ぎていった。



 気候も安定し、晴れの日も続いている。洗濯日和で、家事日和。

 ギルドが壊されているから仕方がないとはいえ、酷い落差だ。ほんの少し前までは戦闘続きで大冒険をしていたとは思えない。

 依頼クエストもできないし、魔王についての情報も探れないから俺たちも暇を持て余していた。



 それにしても、ギルドの復興スピードは目を瞠るものがあった。

 流石全員【錬金術師アルケミスト】だ。みんな魔法を使って補強なり建築したりしているので、おそらく通常の何倍ものスピードで建物を建て替えているだろう。

 瓦礫の撤廃から始まっていたはずなのに、この調子だとあと数日もすれば再建できそうだ。



 一方、セリナの体調も徐々に回復していた。

 まだ仕事の復帰までは行かないものの、日常生活を送るには何も支障はないらしい。あの時はどうなるかと思ったが、元気になって本当によかった。もう少しすればリオンと買い物も行けることだろう。



 ――魔王がもうこの世界に潜んでいる。そんなのが嘘のような平穏な日々だ。

 今日だって代わり映えのない一日になると思っていた……のだが、今日は朝から来客が訪れた。



 それは三人でアンジェの作った朝食を食べている時だった。

 コンコンッと誰かが家の扉を叩いたから、アンジェは不思議そうに扉まで歩み寄った。



 こんな朝早くからいったい誰だろう。もぐもぐと口を動かしながら様子を見つめていると、扉を開けた途端ズンッと大きな影が現れた。



「……やあ、朝早くすまんな」



 そこにいたのはミドリーさんだった。しかも、大きな黒い箱を肩で担いでいる。



「神官様⁉︎ どうしたんですかいったい!」



 これにはアンジェも声をあげるくらい驚いた。

 俺たちがミドリーさんのところへ行くことはあっても、ミドリーさんがわざわざこんな端っこの畑地帯まで来ることはない。それどころか、神官様がこうして一市民に会いに来ることもそうないことなのだろう。



 そんな彼の驚嘆をよそに、ミドリーさんは豪快に笑っている。



「驚かせたな。ほら、お届け物だ」



 ミドリーさんが担いでいた黒い箱はよく見ると金属でできていた。

 こんな重たそうな箱を軽々と持ち上げるなんて、この筋肉も飾りではなかったらしい。うっかり【治療師ヒーラー】ということを忘れそうである。



 それはそうと、この箱はいったいなんだろうか。

 アンジェも同じことを思っていたようで、目をパチクリされながらパカッと箱を開ける。すると、中から白くて冷たい空気が流れてきた。



「これって……氷核箱アイス・コア・ボックスですか?」

「ああ。アンジェの報酬だ。受け取ってくれ」

「まあ! それをわざわざ? 言ってくだされば取りに行ったのに」



 申し訳なさそうにするアンジェにミドリーさんは「いいんだ」と首を横に振る。



「たまたまギルドに挨拶に行ったらちょうどフーリがこれをお前の家まで届けようとしていたからな。フーリもギルドの復興があるし、私もここに来る用事があったからついでに持ってきたという訳だ」

「用事、とは?」

「ああ。アンジェにではなく――リオンになんだがな」

「う?」



 いきなり名前を呼ばれたリオンは気の抜けるような声をあげて首を傾げる。



「リオンに用事って、なんかあったんすか?」

「ああ。教会の会合に呼ばれてしまってしばらく留守にすることになってな。シスター・モネでも対処できない案件があれば手伝ってあげてほしいんだ」

「うん。いいよ」



 即答するリオンにミドリーさんもホッと胸を撫で下ろす。

 軽症であればクーラの水でなんとかなるかもしれないが、治療魔法が必要なほどのものであればそれでは全然足りない。

 これまでミドリーさんしか治療魔法を扱えなかったから、彼もこの街を出ることを懸念していたのだろう。

 だが、今はリオンがいる。これでミドリーさんも安心して出かけられるということだ。



「教会の会合って、何するんすか?」



 随分と前にセリナから神官の会合が行われていることは聞いていたが、内容までは知らされていない。

 その時も各所の神官が不在にするから冒険者やギルド員は心構えやあらかじめ準備をしておいたほうがいいということだけで終わってしまった。

 だが、ミドリーさんの代わりにアンジェが困り顔で端的に答えた。



「ムギちゃん、それは野暮な質問よ」

「野暮って?」

「それを知ろうとするのは禁忌タブーってこと」

「え、禁忌タブーなんか?」



 仰々しいことを言われ思わずきょとんとしていると、アンジェの後ろでミドリーさんは「ははっ」と肩を揺らして笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る