第113話 賢者ですらなかった

「ともかく、リオンのために探る価値はあると思う。どうだリオン。やってみないか?」



 そう言ってミドリーさんはリオンを見下ろす。

 リオンもきょとん顔でミドリーさんを見上げていたが、やがてコクリと首を縦に振った。



「よくわかんないけど、やってみる」



 その答えにミドリーさんも満足そうに頷く。



「では、さっそく……」



 リオンの小さな頭を大きな手で鷲掴みするミドリーさん。

 階級クラスがどうこうより、その手でリオンの頭がつぶれないのかというほうが心配だ。



 だが、他の連中はその様子を固唾を呑んで見守っている。

 ミドリーさんだって、目を閉じて集中するほど真剣だ。



 暫時の沈黙に緊張感が漂う。

 そうしてしばらく経った後、探り終えたミドリーさんは静かに目を開け、小さく息をついた。



「……【風使いウィンダー】 それが、君の階級クラスだ」

「う、うぃんだー……?」



 多分名前通り風を操ることができるのだろうが、初めて聞く単語につい小首を傾げる。

 ただ、セバスさんは「おぉ……」と感嘆の声を漏らした。



「まさかここでこんな珍しい階級クラス持ちに会えるなんて……」

「そんな凄い階級クラスなんすか?」

「天地雷鳴士は知ってますか? その仲間だと思ってください」

「ああ。賢者とスーパースターを極めたらなれる奴っすね」

「そ、それはよくわかりませんが……とにかく、風専門とはいえ天候を操れる非常に稀な階級クラスです。それでいて治癒魔法も持っているのですから、侮れませんよ」



 眼鏡のつるを持ちながら、セバスさんはリオンを見つめる。

 彼の能力値はお墨付きとはいえ、階級クラスを知ると改めてその凄まじさを知る。



「な、なんかとんでもない奴を仲間にしちまったな……」



 ただし、この力も発展途上のようで、リオンの魔力マジックパワーもまだ安定していないらしい。

 彼が疲れやすく、すぐ眠くなってしまうのもそのためだ。そこは、前の戦いでも実証済みである。



「君のことだから魔力を過信することはないだろうが、くれぐれも無茶はするなよ」

「うん。わかった」

「よし、えらいぞ」



 ニッと笑いながらミドリーさんはガシガシとリオンの頭を撫でる。

 撫で方は荒いが、褒められて嬉しいのか、リオンの表情も綻んでいる。



 そんな穏やかな空気が流れている中、セバスさんが気を取り直したように「さて」と切り込んだ。



「ここからは仕事の話をしましょう。依頼クエストはクリアしました。報酬はどうしますか?」

「あ、そういえば報酬とかあったな」



 すっかり忘れていたが、確か望むものはなんでもいいと言われていたのだった。



「といっても、すぐには浮かばないよな……」



 武器もどうせフォークしか使えないし、防具と言ってもピンとくるものもない。やはり、マネーか。夢がないけど。

 腕を組んで悩んでいる横で、アンジェも一緒になって考え込む。



 と、それも束の間。アンジェは「そうだ!」と言って思いついたように手を叩いた。



「あたし、氷核箱アイス・コア・ボックスがほしい!」

氷核箱アイス・コア・ボックス?」



 意外なところが出たようで、セバスさんもフーリも口を揃えて素っ頓狂な声をあげる。

 しかし、それは俺も賛成だ。リオンも加わったし、冷蔵庫があれば何かと便利だろう。何よりアンジェの美味い飯のレパートリーが増える。



「この子の家に立派な箱があったのよ。ねえ、いいでしょ、フーリ〜。あたしのために作って~」



 甘えた口調でアンジェはフーリの腕を取るが、強請られているフーリはちょっと、いや、めっちゃ引いている。



「作るのは別にいいんだけどよ……あれ、上々な氷核アイス・コアがないと作れないぞ」

「ギルドに行けばあるかもしれませんが……いかんせんあんな惨状ですからね。見つかるかどうか」

「あら……そうなの。残念」



 二人の言葉にアンジェは口をへの字にする。彼らの言う通り、あんな爆破されて半壊状態の建物の中でコアを探すのはちょっと骨が折れそうだ。



「ん? 氷核アイス・コア?」



 話題に出されて思い出したが、何個かコアを持っていたのを思い出した。



「これ、『ザラクの森』の魔物のコアなんだけど、使えそうか?」



 ショルダーバッグを開け、ブルースピリットや死神のコアをフーリに渡す。

 すると、そのコアを見て【錬金術師アルケミスト】の二人が「おお!」と声をあげた。



「なんですかこのコアは!?」

「鑑定するまでもねえよ! これ一個で十分立派な氷核箱アイス・コア・ボックスが作れるぞ!」

「え? マジで? 当たり?」



 おそらく彼らが言っているのは死神のコアだ。

 あいつとの戦いは思い出しただけで総毛立つほどトラウマ級の戦闘だった。本気で命を賭けたし、アンジェも死んだかと思った。

 けれども、これがそんな優良なコアならば、苦労したかいがあったというものだ。



「他のコアもこれには劣るがなかなかいいですよ。概算でも一万ヴァルは取れるでしょう」

「いったい、どうやってこんな魔物倒したんだよ」



 興奮する二人に詰め寄られ、「えっと……」と口籠る。



「どうやってと言われても、あの時は必死だったし――あれ?」



 そこまで言って、言葉が詰まった。

 確かにあの時は必死だったし、結果的にあの方法でしか打破する手立てはなかった。



 ――でも、どうして今更あれ、、が使えたことにこんなにも違和感を抱いているのだろう。

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