第97話 シロにするのは難しい

「【赤子の悪魔ベビー・サタン】だって?」



 素っ頓狂な声をあげたライザがキョトン顔になる。

 だが、その表情もすぐに崩れ、彼は真顔の俺を馬鹿にしたように腹を抱えて笑い出した。



「なんだよその階級クラス……それで魔王をぶっ倒すとかほざいていたのかお前は」

「うるせえなあ。てか、笑いすぎなんだよ」



 ケラケラと声を出してまで爆笑するライザにムッとする。

 万年仏頂面がここまで笑うとは、なんなんだ俺の階級クラス。さっきまでの緊張感を返してほしい。

 というか、ここまで笑うかよ普通。



 イライラしながらライザの笑いが治るのを待つ。

 そして、ようやく落ち着いたライザは「あーあ」とひと息つくと同時に構えていた銃を降ろした。



「――やめた。アホくさくなった」

「あ、アホくさいだと?」



 ここまでされておいて、逆にそれで終わりかよ。

 今の今まで本気で命を取られると思っていたのに、この落差はなんだというのだ。



「なんだよ……人が決死の覚悟で告げたのによお……弄んだだけかよ」



 ぶつくさと文句をたらすが、ライザは「悪かったな」と素っ気なく返すだけ。ただ、彼がここまで呆気ないのもライザなりに根拠があるからだった。



「お前らが魔王の配下じゃねえことは最初からわかっていたよ。体に紋章がなかったし」

「そりゃそうだよ。紋章なんてどこにも……ん? 体?」



 突然湧く違和感に反射的にサッと自分の体に触れる。

「紋章がなかった」だなんて、まるで俺の体を見たような言い草だ。

 けれど、ここに来てから風呂にすら入っていないし、こいつ、いったいいつ俺の体なんか――……。



「あ、そういえば俺、脱がされてたわ」



 思い出した。この家で目を覚ました時、パンイチにされていた。

「ベッドが汚れないため」とか言っていたが、あれは俺が敵である可能性を一つ潰すためでもあったのだ。

 リオンに気にかけさせないように探りをかけるとはなかなかの策士だ。気持ち悪いけど。



 怪訝な顔で半目になると、察したライザが不機嫌そうにギロリとした眼差しで睨んできた。



「俺だっててめえの汚え体なんか見たくなかったわ。でも仕方ねえだろうが」



 ライザは相当頭を悩ませたはずだ。俺たちを拾ってきたリオンには悪気はない。かといって俺たちの素性はわからないし、俺は異端。最終的にここまでの荒療治でないと確信が持てなかったのだろう。

 だが、俺の告白により、ライザの表情もだいぶ和らいでいた。



「……にしても、【赤子の悪魔ベビー・サタン】ねえ……」



 頭を掻きながら、ライザは小さく息をつく。荒々しさはなくなったとはいえ、まだ俺が完全にシロとは思っていないらしい。



「んだよ……まだ疑ってるのか」



 苦い顔をしている俺をよそに、ライザは無言で煙草に火を点けた。

 空を仰ぎながら煙草の煙を吐いたライザは、ぼんやりとしながら独り言のように呟く。



「赤子は赤子でも……なんの、、、悪魔の赤子なんだろうな」

「――え?」



 意味ありげな発言に俺は思わず目を瞠った。けれども、ライザは何事もなかったかのように「まあ、いい」と再び煙草をふかした。



「人間なんてよくわからないもんだろ。どこかの誰かさんだってそうだった」



 そう言ってライザは徐に振り向き、右端にある墓を見つめた。



「あの墓って……リオンの親の?」



 尋ねるとライザは無言で頷く。



「……オリビア。あの『ザラクの森』を抜けた、例外の人間だ」



 名を呟いたライザの表情が愁いを帯びている。

 この物寂しげな瞳は、亡き彼女を想起しているのだろうか。父親がもう一人愛した、女性のことを。



「聞かせてくれないか? お前と……リオンのことを知るためにも」



 真面目な声でライザに請うと、ライザは暗い夜空を見上げながら、小さく笑った。

 遠くを見つめるその眼は、儚げで、それでいてどこか懐かしむような哀愁が入り混じったものだった。



「……長話になっても知らねえぞ」



 そう言いながらもライザは立ち昇る煙草の煙を見つめながら、ゆっくりとオリビアのことを語り出した。



五章【隠れ里の天使とヤンキー】終

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