第96話 俺の正体

 ひとりでうろたえる俺とは違い、ライザは落ち着いていた。



「……この機会だ。俺もひとつ訊いていいか?」



 ポケットから携帯灰皿を取り出しながら、ライザは静かなトーンで俺に問う。まるで俺の胸内を読んでいるかのような出方だ。



「なんだよ、今更――」



 そう言った途端、ライザはゆらりと体を揺らし、レッグホルスターに挿していた銃を抜いた。

 即座に俺の額に銃口を向けるライザに呼吸が止まる。銃口の距離はわずか数センチ。避けられる距離ではない。



「……お前、いったい何者なんだ?」



 銃口の焦点をとどめたまま、ライザは低い声で俺に尋ねる。俺に嘘を言わせないつもりなのだろう。なんとも荒々しい無言の圧力だ。



 ひしひしと感じるライザの殺気に冷や汗が出る。だが、こんな状態であっても、彼の質問の意図がわからないでいた。



「何者かって聞かれても……俺は俺だろ」



 そう答えると、ライザは呆れたように嘆息を吐く。「言わなきゃわかんねぇのか」口には出していないが、そう言っているように見えた。



「お前ら……『ザラクの森』を越えて来たんだろ?」

「そうだけど……それがどうかしたのかよ」

「それが答えだよ。あんな瘴気に近い毒霧が充満しているところは普通ならば人間は越えられない。それなのに、お前は越えられた。一般よりも魔力が低い、、お前が、だ」



 淡々と告げるライザの推測に俺は何も言えなかった。ただ、緊張で体が震え、彼の迷いない眼差しに恐れ慄いた。



「リオンがお前らを連れて来た時、カマ野郎のほうは毒霧にやられているのはすぐわかった。だが、お前は魔力が枯渇して気絶していただけ。かと言ってお前には毒霧を吸わないようにする魔法も道具もなさそうだ。生身で森を抜けたとしか考えられない」



 森を抜けたことがあるライザからしてみればあの毒霧が効かない俺は異端なのだろう。

 思い返せば、彼はリオンに「関わるな」と言うほど初めから俺を警戒していた。それは何も俺が人間だからというだけではなかったのだ。



「だが、お前以外にも生身で森を抜けてきた奴がいた――あのアルジャーとかいう【魔物使いテイマー】だ。しかし、あいつは魔王の配下。魔界から来たとするなら、瘴気と近い毒霧が効かないのは頷ける」



 この仮説が正しければ魔物、もしくは魔王の配下ならば、『ザラクの森』の毒霧は効かないということになる。

 すなわち、あの毒霧が効かない俺もこの例外に属する可能性がある。ライザはそう睨んでいた。



「もう一度問う。お前、何者なんだ?」



 トリガーに触れる指にグッと力が篭る。こいつのことだから、敵と見做みなしたらなんのためらいもなく俺を撃つことだろう。



「でも、俺は魔王の配下じゃねえよ……」



 そう言ったところで、ライザの疑念は晴れるのだろうか。

 なんせ、俺に瘴気が効かないことは揺るがない事実だ。



 魔力はない。だが、魔王の配下ではない。

 ならば、どうして俺には瘴気が効かないのだ。



 俺自身その理由がわかっていないから彼に弁明ができない。けれども、弁明できなければこの状況を打破するのは難しい。

 俺と魔王の配下奴らとの共通点なんて、ひとつもない。そのはずなのに――



「……悪魔サタン?」



 そう思った矢先、ふと、心当たりが頭によぎる。

 可能性といえばこれしか考えられなかった。

 俺の階級クラス能力アビリティ。それが瘴気を無効にすることだとしたら、全てが繋がるのだ。



悪魔サタンって、どういうことだ?」



 ライザが確認するように尋ねるが、相変わらず眼差しは鋭い。



 いったい、どうすればいい。

 俺が悪魔サタンだということはアンジェにだって言っていない。

 かと言ってこの状況で誤魔化したらライザに脳天を打ち抜かれそうだ。



 ノアは階級クラスがバレた時のデメリットは触れていなかったが、どう転んでも地獄なような気がしてならない。くそ、どうしてこういう時にかぎってノアがいないのだ。



「……どうした。何か言えよ」



 ライザの眉間にしわが寄る。マジで発砲する五秒前といったところか。この無言に憤りを感じているのが目に見えてわかる。



 背に腹はかえられぬ。もう、言うしかない。



「……誰にも言わないでくれるか?」



 意を決した言葉は、情けないくらい震えていた。

 張り詰めた緊張にライザの顔も真剣になる。銃口は未だにぶれない。彼もまた、迷いがないのだ。



 この選択が吉と出るか凶と出るか、恐る恐る俺は彼に告げた。



「俺の階級クラス――【赤子の悪魔ベビー・サタン】なんだ」

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