第85話 さっきの敵は今日の味方
「ライザ様!」
不意にあがった荒声に誰もが反応を示す。
現れたのは見知らぬエルフの青年だった。
そのエルフは肩に深い引っ搔き傷がついており、流れ出る血を必死に押さえながらこちらまで駆けてきた。
「ら、ライザ様……?」
切っ先と銃口を向けあっている俺たちにエルフはうろたえる。しかし、彼の姿で一目見れば非常事態がわかる。
「どうした。何があった?」
銃口を下ろしたライザがエルフの青年に尋ねると、彼は声と体を震わせながら、しどろもどろにこう告げた。
「ま、魔物が……魔物と人間が……里を襲っています」
「なんだと!?」
これにはライザも驚愕した。そしてすぐさまこちらを見てきたので、俺は慌てて首を振った。
「俺は何も知らねえよ!」
「ちげえ! 手伝えって言ってるんだ!」
ライザの必死な表情につい目を丸くする。けれども、ライザの発言に最も驚いたのは、エルフの青年だった。
「ライザ様!? こいつら、人間ですよ!?」
「だからなんだよ。使えるものを使っちゃ悪いのか。それに、今はそんなことを言っている場合じゃないだろ」
ライザがちらっと横を見ると、すでにアンジェが地面に転がった剣を拾い、鞘に戻していた。
「……当たり前なことを訊くんじゃないの」
振り向きざまに微笑むアンジェだったが、切れ長の目は笑っていない。もうすでに臨戦する気満々のようだ。
それに、俺も断るつもりはさらさらない。
「準備運動も終わったし、これも乗りかかった舟だし。やってやるさ」
腕をぐるぐる回し、軽くストレッチをする。
そんな俺たちの答えが意外だったのか、青年は何度も目をぱちぱちと瞬きをしていた。
一方、ライザは期待通りだったようで、俺たちを見てニッと口角を上げる。
青年は人間の俺たちがエルフに手を貸すことが理解し難いようだが、手を貸すには他にも理由があった。
ひょっとしたら、その相手は俺たちの宿敵かもしれないからだ。
「なあ、その魔物と人間ってどんなの?」
俺に話しかけられ青年はビクッと肩を竦みあげたが、どきまぎしながらも答えてくれた。
「く、黒いライオンみたいな獣だったけど……人間のほうはよくわからない。ただ、顔に赤い花みたいなペイントがしていたような気がする」
「赤い花のペイント……な」
それだけでわかった。
そいつらは十中八九魔王の配下であろう。それも、ギルドを襲った爆破クソ野郎みたいな人間の配下だ。これはなおさら退く訳にはいかない。
「おっしゃ、やる気出てきた」
拳を自分の手のひらにパチンと当てて気合いを入れる。俺たちのほうは覚悟も準備も万端だ。
「その魔物は俺たちがなんとかするから、お前は他の者を連れて避難しろ」
「し、しかし」
口答えをしようとした青年だったが、リオンが彼に駆け寄ると一瞬で怪訝な表情になった。
だが、たとえそんな顔をされてもリオンは何も言わずに痛々しい彼の肩の傷に手をかざし、治癒魔法をかける。
「リオン……」
彼がリオンの名前を呟いた時には、もう傷は跡形もなく消えていた。
リオンは大きな目でじっと彼を見つめる。
これまでどんなにあしらわれたとしても、リオンにとってはそれも関係のないことのようだ。
ただ、彼が傷ついていたから癒す。リオンにとっては、相手が誰であろうとそれが当たり前だった。
だからこそ、彼はリオンに何も言えなかった。
ばつが悪そうに頬を掻いた彼は軽くリオンの頭を撫でると、意を決したように立ち上がった。
「わかりました。よろしくお願い致します」
「了解」
丁寧に頭を下げた青年に俺もアンジェも力強く頷く。
しかし、これ以上悠長なことはしていられない。そうしている間もエルフと里は魔王の配下に襲われているはずだ。
「んで、場所は?」
「里の中央区です」
「わかった。お前もさっさと行け!」
ライザの命令に青年は「はい!」と返事をすると、すぐさま俺たちの元を去って行った。
俺たちも現場に向かおうとしたところ、真顔のリオンがクイッと俺の服の裾を引いた。
「……僕も行く」
「お前も?」
彼の請いに戸惑う。
けれども、ライザはそんなリオンの心意気を見て、嬉しそうに破顔する。
「……当然だ。行くぞお前ら」
ライザの答えにリオンもうっすらと口角を上げる。
その不敵な笑みは、兄のライザとよく似ていた。
――いざ、戦闘。
ちょっくら人助けしてこようではないか。
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