第78話 人間は嫌われ者

 目が覚めたらリオンの家にいたものだから、俺もアンジェも里を見回るのは初めてだった。



 言うならばエルフの隠れ里。

 しかし、従来のエルフは大きな世界樹の麓や深い森の中に住んでいるイメージなのだが、ここはどちらかというと木に囲まれた平野だ。

 緑は多いとはいえ、イメージしていたエルフの里とは少し違っていた。



 多分だが、住民の割合と土地の広さがあっていない。

 だから居住区が点々としているのだろう。そのため、なかなかエルフに会えないでいた。



「エルフってもっと小さな土地で隠れて暮らしているイメージだったけど……ここは意外と広そうね」



 アンジェもキョロキョロしながら里の様子を見ている。粗方俺と同じ印象のようだ。



「『ザラクの森』で隠してるつもりなのか?」



 あんな『陰の気』が溜まっているところなんて、普通の人は抜けられない。あの森を盾にしているならば、わざわざ隠れて住まなくても良さそうだ。

 と思っていたら、アンジェが意味深な言葉を呟いた。



「それか、まだこの里が発展途上なのか……」



 その真面目な表情に心臓がドキッとした。なんだか、闇が深そうだ。



 二人共警戒しながら里の奥へと歩みを進めると、また居住地区間に出た。



 ここは里の中心街なのか、リオンたちの家の区間より家もエルフも多かった。

 農作業している者、水を汲んでいる者、子供たちの世話をしている者……いろんなエルフが協力し合って暮らしているように見えた。



 だが、俺たちの姿を捉えられた途端、彼らの形相が変わった。

 男も女も、子供までもが血眼になってこちらを睨んでくるのだ。この歓迎のされなさ具合は笑いしか出てこない。



「こりゃ話しかけるの無理そうだな……」



 こんなに警戒心と殺気を剥き出しにされると近づくのもためらってしまう。

 困ったように頭を掻くと、隣でアンジェが考え込んでいた。



「……どうして襲ってこないのかしら」

「え?」



 素っ頓狂な声をあげると、アンジェが説明するように言葉を紡ぐ。



「だってこんなにも恨まれているのなら、殺しにかかってしてもおかしくないでしょ? でも、そんな気配はないというか……ただ、避けられているようにしか見えないわ」



 アンジェの推測に思わず唸る。

 ライザもエルフは人間を憎んでいるようなニュアンスなことを言っていた。殺したいほど憎んでいるのなら、今ほど絶好なチャンスはないだろうに。



「となると、誰かがあたしたちに手を出さないように促したのか……といっても、一人しか当てはまらないけど」



 そんなことができるのは最初に家を出たライザくらいだ。

 だが、彼がここまでする義理と、ここまでできる権力はあるのだろうか……俺と同年代の若僧なんかに。



「これは……リオちゃんのお兄さんを探したほうが話が早そうね」



 そう言って腕を組んだアンジェはあごに手を添えて息をついた。



 鋭い視線を浴びながら住宅区間を抜ける。

 すると、奥で騒がしい声が聞こえてきた。



「何かしら」



 嫌な予感がしながら、声がするほうへと向かう。

 そこにいたのはエルフの子供たちだった。

 しかも、みんな怖い顔で何かに石を投げている。



「おい、何してるんだ?」



 声をかけると子供たちの肩がびくっと竦み上がった。そして、俺たちの顔を見た途端、悲鳴をあげて一目散に逃げていく。とんだ嫌われ者だ。



「……なんだ?」



 全速力で去っていく子供たちを見つめる。

 だが、ふと視線を前に向てみると、目を疑いたくなるような光景が広がっていた。



「――リオン?」



 子供たちが石を投げていた先にはリオンがいた。

 しかも額や腕が流血している。子供たちの投げた石は彼に向かって投げられていたようだ。

 だが、なぜ彼が子供たちからそんな酷い仕打ちを受けているのだろう。



 唖然とリオンを見ていると、彼はそっと腕の傷口に手をかざした。

 彼の手が優しく緑色に光り、傷を包み込んでいく。それだけで彼の傷は綺麗に治った。



「……治癒魔法?」



 リオンの魔法にアンジェは目を見開く。

 かく言う俺も驚いた。俺たちの傷も治してくれたと本人から聞いていたのにもかかわらず、これまでピンと来ていなかったのだ。



 そうして固まっている間にも彼は額の傷もあっという間に治した。

 ただ、たとえ傷が癒えたとしても、彼の表情は今にも泣き出しそうだった。

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