第76話 寝ようと思えばいくらでも

 街のことを想像しているのか、リオンの口元が緩んでいる。

 いったい、彼の頭の中ではどんな旅が繰り広げられているのだろうか。



 楽しそうなリオンの頭にバスッと手を乗せる。すると、撫でられたことが嬉しいのかリオンは俺の顔を見て「えへへ」と笑った。

 その笑顔も仕草も、ひとつひとつがまだあどけない。



「……お前、お父さんとお母さんは?」



 頭を撫でたまま、何気なく尋ねる。すると、リオンはゆっくりと首を横に振った。



「二人とも死んじゃった」

「そっか……まあ、そんな感じはしたよ。変なこと訊いて悪かった」



 素直に謝るが、リオンは目をパチクリさせただけだった。

 そんな無垢な瞳で見つめられるとかえって胸が痛くなり、俺は誤魔化すようにわしゃわしゃと柔らかい彼の髪を掻き回した。



「キャッキャ」と屈託なく笑うリオンの顔に俺も釣られて破顔する。



「ねえねえ、もっとムギト君のお話して」



 強請るリオンは布団ごとギュッと俺を抱きしめる。

 そのような可愛げな振る舞いをされても、こっちは慣れてないから変に照れてしまう。



「俺の話ねえ……なんも楽しくねえぞ」

「いいの。聞きたいの」

「そうかよ……それじゃ――」



 腕を枕のように頭の後ろで組みながら、俺は彼にこれまでのことを語った。



 ここに来る途中、エレメント系の魔物と戦ったこと。

 その前は馬車に乗って来たこと。

『オルヴィルカ』の街のこと。

 そして、アンジェと行ったクーラの洞窟での冒険も少しだけ。



 最初は興味津々に聞いていたリオンだったが、途中から半目になってコクコクと寝そうになっていた。



 やがて睡魔に負けた彼は布団にしがみついたまま眠りにつく。けれども、このまま寝かすのは風邪をひきそうだ。



 仕方なく起こさないようにそっと抱きかかえ、布団の中に入れる。ベッドの広さは彼が隣で寝ても十分なスペースがあるので、俺もこのまま寝かせてもらうことにしよう。



 それにしても、服といい、ベッドといい、リオンは随分と体に合っていないものを使っているものだ。

 それに、寝巻きとして使っているローブもかなり年季が入っている。新しいものでも買ってやればいいのに。



 しかし、当の本人は何も気にせず、幸せそうな顔でスースーと眠っている。



「……まあ、いいか」



 そんな独り言を呟きながら、ポンポンとリオンの布団を優しく叩いた。

 しかし、先程起きたばかりなのに、リオンの寝顔を見ているとこちらも眠くなった。



 大きなあくびをし、俺も目をつぶる。たったそれだけですぐに眠気はやってきた。俺も今日は色々あって疲れたのだ。



 探索は明日。もっとエルフの情報が知りたい。

 だが、果たしてエルフははぐれ者の俺たちと接してくれるのだろうか。

 一抹の不安を感じながら、俺も眠りについた。



 そして、朝が来た。



 俺とリオンを起こしたのは、他でもなくアンジェだった。



「おはよう二人とも。ご飯できてるわよ」



 うっすら目を開けると、アンジェが俺たちの顔を覗き込んでいた。

 しかも、片手にはお玉がある。このセリフ、この起こし方、その装備品、完全に「おかん」だ。



 アンジェ母さんに起こされ、俺もリオンも大きく口を開いて欠伸をする。

 するとアンジェはおかしそうにクスッと笑った。



「あらあら、もうすっかり仲良しね。兄弟みたい」



 兄弟か。ここのシンクロだけ見ると兄弟顔負けかもしれない。

 ――兄弟といえば、肝心の実の兄はあれからどうしたと言うのだろう。



「アンジェ、ライザは?」



 奴の名前に一瞬ピンと来ていなかったアンジェだったが、すぐに「ああ」と頷く。



「あの人そんな名前なのね。さっき食料置いてくれたけど、またどこかに行っちゃったわ」

「へえ……大事な弟を置いてねえ……」



 あれだけ人間のことを嫌っていそうなのに、家主が家をずっと開けるとは。

 それとも、そんなに俺たちと一緒にいたくないのか。まあ、十中八九こちらが理由だろう。



 だが、リオンにとってもこれは日常茶飯事のようで、兄がいなくてもとても落ち着いていた。

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