第74話 ややこしくなることをするんでない
「アンジェ?」
名を呼ぶと、アンジェは目を開け、ゆっくりと起き上がった。
「ここは……?」
額に手を当てながらアンジェは俯く。まだ完全回復という訳ではないようで少し疲れた表情をしている。
「よかった。目が覚めて」
ホッと胸を撫で下ろすと、アンジェが徐にこちらに顔を向ける。
だが、俺の顔を見た途端、彼はわなわなと震え、顔を真っ赤に染めた。
「イヤー! 不潔!!」
「はっ!?」
布団を抱きしめたアンジェは俺から逃げるようにベッドの端まで退く。
いや、確かにパンツ一枚しか履いてないが男同士だろう。そんな
「というか、アンジェだってパンイチだからな」
「キャッ! エッチ! ムギちゃんの変態!」
「脱がしたの俺じゃねえから!」
お目覚め早々なんだこのカオスなテンション。少し前まで続いたシリアス展開はどこへ行ったのだ。
ツッコミ続きでため息をついていると、アンジェがいきなり真顔になった。それから腕、頬、腹部と自分の怪我をしたところを確認していく。
「あれ……? あたし、怪我してたはずじゃ……」
「あ、ああ。どうやらこの子……リオンって言うんだけど、リオンが俺たちを助けてくれたらしくて」
と、リオンに目を向けると、彼はアンジェを見てぽかんと口を開けていた。
「アンジェ君……お兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃんだったの?」
どうやらアンジェの口調に混乱しているらしい。
まあ、リオンはまだ子供だ。アンジェみたいなタイプは初めてなのだろう。そうなるのも無理はない。
と思っていると、アンジェがリオンを見て「クスッ」と笑った。
「ウフフ。そうよ」
「コラコラコラコラ!! アンジェさん!?」
なぜわざわざそうやってややこしい方向に持っていくのだ! こんな
だが、慌てる俺の横でアンジェは「冗談よ」と笑いながら否定する。そんなやり取りを見てリオンは訝しい顔で首を傾げた。
「ほら、言わんこっちゃない……リオンの奴、こんがらがっているじゃねえか」
呆れて頭をがしがしと掻く。しかし、冗談を言えるくらい良くなってよかったということにしておこう。
「んで、具合はどうよ?」
「ええ……まだ頭がくらくらするけど、もう少し休めば良くなりそうよ。ありがとね、リオちゃん」
目を細めて微笑むアンジェに、リオンも「うん!」と嬉しそうに頷く。
「アンジェ君は『陰の気』をいっぱい吸っちゃったけど、明日になれば元に戻るだろうって、兄ちゃんが」
「そう……そのお兄ちゃんにもお礼を言わなくちゃね」
「いや、別に礼を言うほど価値ある輩じゃねえよ。それに、礼ならリオンに言えって言ってたし」
先ほどのやり取りを思い出し、顔をしかめる。その様子にアンジェも色々察してくれようで「あらあら」と言っただけでそれ以上は訊いてこなかった。
「とりあえず、着替えちゃおうかしら」
「あ、そうだ。俺も着替えの途中だったんだっけ」
ばたばたしていてすっかり忘れていた。俺もいい加減服を着ないと。
「一回部屋に戻るわ」
それだけ言って、一度この部屋を後にする。
すると、扉を開けるとちょうどライザが家を出ようとしていた。
俺の顔を見ると、ライザは眉をひそめて舌打ちをする。
「ギャーギャーうるせえ奴らだな……」
「悪かったな……んで、どっか行くのかよ」
「見知らぬ人間と一緒になんかいられるか。別の寝床探してくる」
「寝床?」
ふと窓を見ると、いつの間にか外はどっぷりと暗くなっていた。森を出た時は日も暮れていなかったはずなのに、いったい俺たちは何時間眠っていたのだろう。
「というか、寝るところくらい自分で探してくるぞ」
「馬鹿か。この里で人間のお前が安心して眠れるところなんてあると思ってるのか? 殺されるのが落ちだ」
「うっ……やっぱそんな感じなんか」
「当たり前だろ……だが、勘違いするな。ここを貸すのはお前のためじゃない。リオンのためにやってるだけだ」
そう言ってライザはリオンのほうに目を落とす。おそらく、せっかく彼が助けた俺たちを易々と死なせたくないのだろう。
ただ、リオンは意図がわかっていないようで大きな目をぱちくりさせている。
「お兄ちゃん……誰のところにお泊りするの? アンナちゃん家? メアリーちゃん家? それとも……」
つらつらとライザの友人らしき名前をリオンが言っていくが、どれも女の名前だった。
これにはライザも無表情で黙り込む。しかし、弟に墓穴を掘られていい気味だ。
「まったく、教育に良くないですなあ」
ニヤニヤしながらライザに言うと、鋭い眼差しで睨まれた。
だが、いくら睨まれたって何も怖くない。ざまあ見やがれ。
必死に笑いを堪えていると、やがてライザは嘆息をつき、リオンを手招きした。
「お前も来い、リオン」
だが、リオンはふるふると首を横に振り、俺の太ももにしがみついた。
「いやだ。今日はムギト君と一緒に寝るもん」
「は??」
その発言に、俺とライザの声が重なった。
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