第73話 エルフというか、ウルフというか
部屋に入ると、アンジェがベッドで眠っていた。
慌てて彼の元に近づき、顔を覗き込んでみる。
すると、アンジェは安らか表情で寝息をたてていた。森で倒れた時よりずっと血色もいいし、この分だとそのうち目を覚ましてくれそうだ。
「あ、そうだ。怪我……」
布団を捲ってみると彼も俺と同様身包みを剝がされていた。けれども、あれだけ血が出るほど死神に風穴を開けられた怪我は完全になくなっている。
この怪我だけではない。彼もまた腕や顔の切り傷も治っていた。
「なあリオン……この傷、いったい誰が――」
そこまで言いかけたところで、リビングから扉が開くことが聞こえた。
「あ! 兄ちゃんだ!」
きょとんとしていたリオンの表情が一気に明るくなる。
彼の兄も俺たちがこの部屋にいることを察したようで、足音が近づいてきた。
ドアノブが回り、ガチャリと扉が開かれる。
だが、現れたリオンの兄を見てギョッとした。
年齢は俺と同じくらいの二十代前半だろう。青い髪で、リオンと似た大きな目をした青年だった。
ただし、煙草をふかしながらこちらを睨みつけてくる姿はとても柄が悪かった。弟はこんなに可愛らしいのに、この差はなんだ。
いや、リオンとのギャップはいい。驚いたのはそこではないのだ。
彼の短い髪から出ている両耳は俺たちより長く、先が尖っていた。
これは知っている。俗に言う「エルフ耳」だ。
もしかして、彼がエルフか?
いきなり現れた目的の人種に、ごくりと唾を呑む。
一方、リオンの兄は怪訝そうな表情のまま、煙草を吸って白い煙を吐き出した。
「……起きたのか、汚物」
「ああ!?」
開口早々に侮辱され、俺も顔をしかめた。けれどもリオンの兄はかったるそうに舌打ちをして、再び煙草を咥える。
こんなにも不機嫌そうなのに、リオンは構わず笑顔で彼の元へ駆け寄っていく。
「兄ちゃんー。この人たち、ムギト君とアンジェ君って言うんだよー」
「そうかい……だが、これ以上関わるんじゃねえぞ。特にこのド変態野郎にはな」
「脱がしたのてめえじゃねえかよ!!」
聞き捨てならない発言に指を差してツッコミを入れる。
しかし、リオンの兄は「ああ……?」とドスの効いた声で返してきた。
「気安く話しかけるんじゃねえよ、汚らわしい」
「んだと! 喧嘩売ってるのかてめえ!!」
「やんのかコラ。ぶちのめしてやるよ」
お互い睨み合いながら青筋を立てる。今にも取っ組み合いが始まりそうな空気感だ。
それなのに、リオンは兄を抱きしめたまま俺に話しかけてきた。
「ムギト君。この人がライザ兄ちゃんだよ」
吞気なリオンに思わずガクッと項垂れる。闘争心メラメラだったのに、このタイミングでそんな紹介をされてしまったら、奴に対する怒りも冷めてしまった。
それはライザも同じようで、ばつの悪そうな顔をしながら、ガシガシとリオンの頭を強く撫でた。
「……あんたが俺たちのことを助けてくれたのか?」
尋ねてみるが、ライザは煙草をふかしただけ反応はない。だが、近くの灰皿に煙草を置くと、呆れたようにため息をついた。
「俺じゃねえよ。リオンがお前らを拾って、全部勝手にやったんだ。礼ならこいつに言え」
そう言ってライザは頭を搔き、リオンを置いて部屋を出て行った。
それにしても、リオンがやったってどういうことだ?
首を傾げてリオンを見ると、リオンも不思議そうに目をパチクリさせていた。
「なあ、本当にお前が俺たちをここまで運んでくれたのか?」
「うん」
「怪我の治療も?」
「うん」
あっけらかんとリオンに答えられたが、にわかに信じがたかった。
なんせ、リオンはこんなに華奢で、なおかつ体の小さな子供だ。それを一人で成人男性二人を運んだなんて想像できん。
「いったい……どうやって……」
顎に手を添えて考えるが、リオンは「どうやって?」とぽかんとしていた。
そんなことを話しているうちに、奥のベッドでアンジェが「うっ……」と呻き声をあげた。
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