第41話 その花は誰が為に

 セリナに連れられ、この街はずれのさらに奥を歩く。

 場所でいうとアンジェ宅のちょうど裏手辺りだろうか、こじんまりとした畑が現れた。



 ただ、耕した痕跡はあるが、それ以上世話をしている様子はなかった。苗を植えただけで、あとは放置しているようだ。正確にいえば「畑だったところ」なのだろう。



 また、畑には一部柵で区切られた区間があり、その一角には丸みを帯びた石碑が二つ並んで置かれていた。

 石碑の周りにはちらほらと花が咲いているが、花壇のようには見えない。なんとも不思議な場所であった。



 呆然とその区間を眺めていると、セリナは石碑の前にひざまずき、祈るように指を絡めた。



開花魔法フラワリッド



 目を閉じ、呟くように魔法を演唱する。すると、彼女の呪文により石碑の周りで白い花が一気に咲き乱れた。

 また、その魔法で所々に咲いていた花も開花し、一面に広がる白い花のアクセントになっている。



 こんなに美しい光景なのに、俺は言葉が出なかった。セリナが石碑の前で祈ったまま動かないからだ。

 ここで何か言葉を発してしまったら、懸命に祈る彼女の邪魔になってしまう。だから、俺も、一緒についてきたノアやゴレちゃんとムンちゃんも、彼女の祈りが終わるのを静かに待っていた。



 やがて、セリナはゆっくりと目を開け、徐に立ち上がった。



「ムギトさんも、お参りはいかがですか?」



 寂しげに笑いながら、セリナが石碑の前を避ける。もしかしなくても、これは墓のようだ。



「えっと……これってどなたのお墓?」



 石碑の前に行きながら、恐る恐るセリナに尋ねる。

 何も知らない俺に驚いたように目を瞠るセリナだったが、すぐに小さく笑った。



「……友達と、その家族のお墓です」



 彼女の答えの前に、墓に刻まれた名前にハッと息を呑んだ。



 ――気づいてしまった。色々と。



 頭の中で引っかかっていたことが、少しずつ繋がっていく。ただ、真相に近づけば近づくほど胸がちくりと痛んだ。



 やるせない気持ちを抱きながらもこの墓の下で眠る二人に手を合わせた。たとえ出会ったことがなくても、それくらいする義務はある。



「ありがとうございます。お二人もムギトさんに会えてきっと喜んでます」



 セリナが嬉しそうに目を細める。だが、その微笑みも相変わらず愁いに帯びていた。



「その……友達とはかなり親しかったのか?」



 こういう空気は慣れておらず、セリナの心の傷をえぐるようで怖かった。それでも墓の主のことが知りたくて、おずおずと訊いた。

 すると、セリナは悲しむ様子もなく、むしろ懐かしむように答えてくれた。



「確かに親友と呼べるほどの間柄でしたが、幼馴染でもありました。私……両親を早くに亡くしており、よくこの子の家にお世話になっていたので」

「そ、そっか……」



 ひとつ、ふたつと順調に地雷を踏んでいく。それでもセリナは俺に話をしてくれた。



「年齢も魔法属性も同じなので、二人でお花を咲かせたり、ゴーレムを作って遊んだりもしました……私がギルドで働くようになってからも職場まで顔を出してくれて――」



 そこでセリナの声が震えた。

 言葉を詰まらせたセリナに、心配したゴレちゃんとムンちゃんが駆け寄る。

 やはり、無理して明るさを取り繕っていたのだろう。

 それでもセリナは「大丈夫」と言うようにしゃがんで二体の頭にポンっと手を置く。



「……つらいこと思い出させてごめん」



 悲しくなるくらい健気な彼女を見ていると、謝らずにはいられなかった。

 けれども彼女は、俺の言葉にも首を振った。



「そんなことないです」



 セリナは笑ってみせているが、その瞳は涙でうるんでいる。泣きたい気持ちを我慢しているのが痛いほど伝わり、こちらも心苦しい。

 それなのに、彼女は謙虚だった。



「私こそ修行の邪魔をしてごめんなさい――戻りましょうか」



 居たたまれなく思ったのだろう。そう言ってセリナはすっくと立ち上がり、二人の墓に背を向けた。

 歩き出すセリナにゴレちゃんとムンちゃんも後ろについていく。

 俺も戻ろうとしたが、ノアだけはまだ動こうとせず、二つの墓石をじっと見つめていた。



「どうした?」

「ん? ああ……なんでもねえよ」



 それだけ言って、ノアはぴょんと飛んで俺の肩に乗った。



「同じにおいだった――お前の勘、多分合ってるぜ」



 耳元で静かに告げたノアの発言に思わず固まる。この言い草からするとこいつも俺と同じ考えなのだろう。



 だが、答えあわせはまだできない。それはお互いわかっていたから、俺たちはそれ以上何も言わずに墓場を立ち去った。

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