第20話 ラブコメの波動がレイザービーム

 集会所の木造の扉を開けると、これまた別世界だった。



 集会所はだだっ広い大広間だったが、中央には机と椅子が飲食店のようにいくつも並んでいていた。

 どうやらここでパーティーの顔合わせをしたり、軽食や酒を飲みながら依頼クエストの作戦会議ができるようになっているらしい。



 また、壁際にはたくさん紙が貼られた掲示板があった。冒険者らしき人たちが紙を眺めているから、多分あそこに依頼クエスト内容が貼られているのだろう。



 そして、奥には冒険者たちの憩いの場と区切るように、木製の机がカウンターとして端から端まで並んでいた。

 カウンターの先には制服を着た人たちが忙しなく働いている。この人たちがギルドの職員のようだ。



「あ、いたいた。セリちゃーん」



 アンジェが誰か見つけたようで、大きく手を振る。

 すると、カウンターの奥で本の整理をしていた二十歳くらいの女の子がパッと顔を上げた。



「あ! アンジェさん!」



 女の子は編みこんでハーフアップにした長いオレンジ色を靡かせながら、満面の笑みでこちらに寄ってくる。

 とても可愛いらしい子だった。茶色の瞳は大きく、まつげも長い。それに加えて色白の肌に華奢な体。

 正直言って、どストライクだ。



 現れた女の子に見惚れていると、アンジェが「ほら」と俺の背中を押して先導した。



「この子がムギちゃんに会いたがっていた子よ」

「え? え⁇」



 こんな可愛い子が俺に会いたがってただって?

 何そのラブコメの波動。めっちゃ照れるのだが。



 顔の火照りと心音の高鳴りを感じながらも、ついに彼女の元へ連れて行かれる。

 すると、彼女は大きな目を細めて、にこやかに挨拶してくれた。



「初めまして、セリナです」

「あ、えっと……ムギトです」

「んもー! ムギちゃんったら照れちゃって! このこの!」



 セリナに目も合わせられない俺を見兼ねてアンジェが肘で小突いてくる。

 だが、恥ずかしがるのも仕方がないではないか。なんせ俺はここしばらく異性と会話をしていない。母親とすらしていない。あれ、なんか途端に悲しくなってきた。



 ばつの悪さに頬を掻いていると、セリナは俺を見てクスクスと笑う。



「ムギトさんがいい人そうでよかったです。これでアンジェさんも寂しくないですね」

「そうそう。あの家、一人で暮らすには広いからね」



 アンジェとセリナが楽しげに会話している。

 話の流れからすると、俺というよりアンジェの家に住み込む輩を見てみたかった感じだろう。

 まあ、会ったこともなかったから普通そうなる。

 だが、なぜだろうか。少しだけ虚しさを感じてしまう。



「えっと……二人はどんな関係なんだ?」



 虚しさを拭うようにアンジェたちに尋ねると、アンジェはフフッと短く笑った。



「セリちゃんは妹の友達なのよ。あたしがギルドに登録したのも、彼女の勧めでね。そりゃあもう、良くしてもらってるの」

「とんでもないです! むしろ、こちらがアンジェさんの活躍に大助かりです!」



 アンジェの言葉にあせあせとしながら謙遜するセリナ。うろたえる様子も小動物のように可愛くて、魅入ってしまいそうだ。

 こんな子が受付ならば、毎日でも通ってしまいそうだ。



 毎日、通う。

 ……自分の胸内に復唱して、ようやく本来の目的を思い出した。



「ギルドの登録って……俺でもできるのか?」



 徐に尋ねると、アンジェが「まあ!」と驚いた。



「ムギちゃん、ギルドに入ってくれるの?」

「お、おう……いつまでもアンジェに迷惑かけてられないし」

「そんな、気にしなくていいのに……でも、とても嬉しいわ」



 アンジェが澄ました顔のまま口角を上げる。その隣にいるセリナも嬉しそうに目を細めている。これは歓迎してくれているようだ。



「勿論、どなたでも登録できますよ」



 セリナは机の引き出しから紙を取り出し、置かれていた羽ペンを俺に手渡す。



「こちらがギルドの登録票です。わからない箇所があれば遠慮なく言ってくださいね」

「へー、これだけで入れるのか」



 なんだか拍子抜けだ。筆記テストや戦闘試合などなんらかの試験があるかと思ったのだが、なんだろう、この既視感。ポイントカード作るような手軽さなのだが、ギルドとはこんな感じで入れるのだな。



 だが、試験があっても俺の能力では受からないだろうからこれはこれでいいだろう。

 さっそく記入していこうではないか――あれ?



 羽ペンを握ると、ふと疑問が湧いた。

 それは「今更」と言えるほど、遅すぎる気づきだった。



 俺は、どうしてこの世界の言葉を理解できるのだろうか。

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