第16話 案内人、仕事をする

 教会を後にすると、アンジェが「さて」と一息ついた。



「おうちに帰るって言ったけど、ちょっとギルドにだけ寄らせて」



 どうやらアンジェはルソードを討伐したことを報告しに行きたいようだ。相手が魔王の配下だから、安心してもらうためにも報告を先延ばしにしたくないらしい。



「勿論いいっすよ」

「ありがとう。すぐに終わるからそこのベンチに座って待ってて」



 そう言ってアンジェは広場にある噴水の近くのベンチを指した。



 アンジェとしばし別れ、息を吐きながらベンチに腰を降ろす。



 いつの間にか日も沈み始めており、子供たちも帰宅したのか楽しげな声もなくなっていた。あとは夕食の食材を買いに来たマダムがポツポツと離れたところで駄弁っているだけである。



 ここなら遠慮なく会話できる。ノアもそう思ったのか、ピョンッと飛んで俺の頭に乗ってきた。



「お前……俺の頭の上に乗るの好きだよな」

「ああ、お前を見下みくだせるからな」

「見下してるんじゃねえよ!」



 すぐさまツッコミを入れるが、ノアからは反論はなかった。むしろ、頭上から大きな欠伸をした声が聞こえる。



 こいつ、シカトしやがったな。

 だが、俺も疲れていたのでこれ以上は突っ込まなかった。



 ノアを頭に乗せたまま、夕空を仰いでもう一度ため息をつく。



「お前……【治療師ヒーラー】いるじゃねえか」



 徐に問いただすと、ノアがピクリと動いた気がした。

 ノアが「生き返させられる者がいない」と言っていたから、てっきり【治療師ヒーラー】がいないオワタ式の世界だと思っていた。



 しかし、ミドリーさんのような神官がいるなら、この魔王討伐の任務も少しは安全であろう。

 ということは、だ。



「あれだけのことができるなら、蘇生もできるんじゃねえの?」



 これ以上ヒヤヒヤしたくないから、望みを込めて訊いてみる。

 しかし、ノアはすぐに否定した。



「むしろ、それくらいのことしかできねえんだよ」



 ノアいわく、治療魔法に値する光属性の魔法を扱える人は極端に少ないのだそうだ。それに、治療魔法は魔力マジックパワーの消費量が他の魔法と桁違いに多い。なので、たとえ神官でもそもそも蘇生魔法を使えるほどの魔力マジックパワーがないらしい。



「エルフくらい魔力マジックパワーがあるならまだしも、普通の人間じゃまず無理だ。期待するな」

「チッ……そう上手く行かねえってことな」



 舌打ちしながら、頭をガシガシと強く掻く。

 それでも、怪我しても回復してくれる人がいるだけまだマシなのだろう。



「それにしても……階級クラスバレそうになるとは思わなかったぜ」



 先程の出来事を思い出しただけで冷や汗が出た。

 やはり、あの時バレていたらアンジェにも切られていたのだろうか。不意にルソードと戦っていた時の彼の鋭い眼差しを思い出すと、恐怖で背筋がゾクッとした。



 そんな俺の気も知らず、ノアは相変わらず淡々としている。



「お前は俺と契約しているから階級クラスも能力値もわかるが、他の連中はああやって『神の声』を聞かないと自分の階級クラスすらわからないからな」

「神の声?」

「さっきミドリーがやっていた奴だよ」



 ノアが言うには、エムメルクでは階級クラス魔力マジックパワーも神により与えられた力と言われているらしい。

 そんな魔力マジックパワーを探ることをここでは「神の声を聞く」というのだとか。随分と大それたことだ。



「十五歳辺りから魔力マジックパワーも安定するから、神官はああやって自分の階級クラスを教えてやるんだ。それも神官の仕事ってことよ。そんで、ここの連中はその階級クラスを元に仕事をする。適材適所を最初から見極めているんだ」

「へえ……いいな、それ」



 その部分だけ聞けば、この世界の人が少し羨ましく感じた。



 こっちなんざできるかどうかもわからない仕事に対して無理矢理志望動機を書いて会社に「雇ってくれ」と懇願するのだ。最初から出来る仕事に就いたほうが効率がいいに決まっているし、何より気持ち的にも楽だ。現実世界でも「神の声」が聞きたいぜ。



「それでミドリーさんが【治療師ヒーラー】で、アンジェが【剣士ソードマン】ってとこか……んで、俺は?」

「【赤子の悪魔ベビー・サタン】」

「やっぱり俺だけおかしくね!?」



 思わず声をあげてツッコミを入れると、近くを通っていたマダムたちが俺のほうを見てコソコソと話していた。



 やばい。話に夢中になってあまり周りを見ていなかった。傍から見たら頭の上に猫を乗せて話しているあんちゃんだ。怪しいに決まっている。



「ったく、面倒臭えなあ……」



 ノアごときに一切遠慮したくないのに、会話するにも気を遣わなければいけないなんて、なんて億劫なのだ。



 だが、俺の思いとは裏腹にノアは呑気だった。



「今更だろ。それもこれも」



 そう言ってノアは俺の頭から太ももに飛び降り、膝の上で背中を丸めてくつろいだ。

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