転生するのにベビー・サタンの能力をもらったが、案の定魔力がたりない

葛来奈都

序章 よくある話とよくある間違い

第1話 底辺大学生と喋る猫

「あー、あちぃ……」



 カンカンに日が照っている空を見上げ、ふと独り言を呟く。

 ここは北海道。北の大地。なのにただいまの気温は三十度。

 そんなクソ暑い日にスーツなんか着て就職活動している俺。なんという地獄だ。



 いや、俺の地獄はここからか。

 四回生のくせに前期の上限までびっしりと講義を履修して、先日十科目以上のテストと山のようなレポートが終わったと思ったら今度は就職活動だ。

 いや、三年間勉学をサボっていた俺が悪いんだけれども。



 それにしても、就職活動とはどうしてこんなに面倒なのだ。

 やりたくもないのに茶髪から黒髪に戻して髪を切って、興味もないのにセミナーに行って、働きたくもないのに徹夜して履歴書書いて、特に話すこともないのにお偉いさんと面接して……考えるだけで頭が痛くなる。



 しかし、俺のような単位が足りない底辺就活生はこうして夏休みに就職活動をするしかない。

 これ以上人生ハードモードになってたまるか。

 ここで少しでも挽回をするのだ。

 ――そう意気込んでいた時期が、俺にもありました。



 結局は時間と金の無駄で、セミナーに行って企業のパンフレットをもらってもゴミ箱に捨てるだけ。

 そもそも働くことに興味がないのだ。けれども、働かないと今度は俺が社会のゴミになる。本当、世知辛い世界だ。



 リクルート鞄を持ったまま、ぐっと背伸びをする。

駅からずっと歩いていたから、背中は汗ばんでいた。

 今はとにかく早くシャワーを浴びたい。あとは気分転換にゲームでもしよう。現実に向き合うのはそれからだ。



 これからのことを憂鬱に考えながら、のろのろと人気のない帰路を歩く――そんな時だ。



「にゃー」



 どこからか気の抜けるような猫の声がした。



 思わず立ち止まって辺りを見回す。しかし、俺が一人で住んでいるような古いアパートが立ち並んでいるだけで、猫の姿はない。



 気のせいか、と再び歩き出す。

 だが、ふと前を見ると、いつの間にか猫が俺の進行方向に座っていた。



 変わった猫だった。

 青い瞳だし、毛が長いから一瞬ペルシャ猫かと思ったが、毛の色が水色だ。

 元々猫は詳しくないとはいえ、こんな毛色見たことがない。



 首輪はしていないが体は汚れていないし、毛並みもいい。猫のくせにどこか品の良さを感じるから、野良猫にも見えない。誰かの家から逃げたのだろうか。



 猫はというと、長い尻尾をゆっくりと揺らしながら俺の顔を見つめている。



 不思議な気分だった。こいつの紺色の瞳に見つめられると全てを見透かされているように思えて、なぜか緊張した。



 沈黙する空気に耐えられず、思わずごくりと唾を呑む。

 すると、猫がクスリと笑ったような気がした。



「お前――世界を変えたいか?」

「……は?」



 喋った。

 ということよりも、奴が問うた意味がわからなかった。



「どういうことだよ。世界を変えたいって」

「そのままの意味だよ。お前、どうせ退屈なんだろ?」

「まあ……変えられるものなら変えたいけど……」



 こいつの言う通りだ。

 この世界がクソだということは、二十二年の人生の中で十分わかっていた。

 Fランクの大学で内定どころか卒業できるかもわからない状態で。

 いざ就職しても社会にこき使われるだけで。彼女もいない。金もない。未来もない。

 こんなお先真っ暗な世界なんて生きにくいったらありゃしない。



 けれども、この猫の問いの意図はなんなんだ?

 しかめた顔で猫を見つめるが、猫は俺をからかうようにニヤリと悪っぽく笑った。



「……決まりだな」



 そのほくそ笑んだ表情を見た途端、ぞくっと悪寒が走り、胸に激痛を感じた。



「な、なんだ……これ」



 胸が痛すぎて呼吸ができない。

 苦しくて立ってもいられず、だが、ひざまずく力もない。



 頭が重たく感じて、体を起こすこともできず、気づけば俺はコンクリートの上に倒れこんでいた。



 胸の痛みは、一向に治らない。

 頭の中が、真っ白になっていく。

 そんな中、猫は横たわる俺に近づいて、俺のことを見下ろした。



「――ようこそ、こちらの世界へ」



 その言葉を最後に、俺の意識はそこで途切れた。



 ◆ ◆ ◆



 目を開けると、周りには青白い霧がかかっていた。

 ここはどこだろうか。確か、いきなり胸が痛くなって――そこで記憶が途切れている。

 


 ああ、そうだ。猫だ。喋るペルシャ猫みたいな奴に話しかけられたのだ。自分でも何言っているかよくわからないけれど。

 とにかくあいつを見つけ出せばこの状況がわかるかもしれない。



 霧の中、目を凝らして辺りを見渡す。だが、猫の気配はない。



「ったく、あの猫どこへ行きやがったんだ?」



 独りごちりながら、頭を掻く。

 そんな中、背後から俺に近づいてくる足音が聞こえた。



「どーも、オオダテ君」



 いきなり自分の名前を呼ばれ、思わず息を呑む。



 あの声は先ほどの猫だ。だが、振り返った先にいたのは白いローブを見に纏った外人の青年だった。



 年は俺より少し年上に見えるが、色白の肌はニキビがないくらい綺麗だし、正直見た目では判断できなかった。



 だが、どうしてだろうか。絶対にありえないのに、俺は彼があの猫のような気がして仕方がなかった。



 腰まで伸びた水色の髪に紺色の瞳。容姿的な特徴はあの猫とよく似ている。



 じっと彼を見つめていると、青年は何か察したように口角を上げる。



「正解だよ。俺がさっきの猫だ」

「猫だって言われても……あんた何者なんだよ」



 眉をひそめる俺に青年は「俺?」とわざとらしく惚けた。



「俺はノア。神の使いで、お前の案内人だ」

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