見えない君と聞こえない僕
影神
メロディー
僕は生まれつき耳が聞こえない。
世間では障害者と呼ばれている。
補聴器があるが、あっても少ししか聞こえない。
その代わり目だけはいい。
小さい頃から虐められた。僕がしゃべると皆が笑う。
手話という他の伝達手段があったが、僕には覚えられなかった。
今で言う、学習障害と呼ばれるものだった。
学習能力もない。耳も聞こえない。母はよく泣いていた。
父はそんな僕を見かね、母とは違う女性と再婚をした。
母は一生懸命働いた。僕を養う為に。
今思えば、現実から逃げる為でもあったのかもしれない。
その為、僕はおじいちゃんによく預けられた。
おじいちゃんは僕に厳しかった。最初は嫌いだった。
でも、今ではとっても感謝している。
おじいちゃんは音楽が好きで特にピアノが得意だった。
初めて聞いたおじいちゃんの演奏は何故か聴こえた。
おじいちゃん「俺はピアノしかできない。
だからお前に教えられるのはピアノだけだ。
耳も聞こえない、学習能力もない。
そんなお前を可哀想だなんて思ったりはしない。
なんせ、お前には目がついているからな。
お前は見る事が出来る。
良いことや悪いことそれらを見る事ができる。
目が見えれば音が聴こえなくても楽譜が読める。
だからピアノが引ける。素晴らしいことだ。
何回も何十回もピアノを引け。ひたすら練習しろ。
けれど、本当に嫌だったらやめても構わない。
でも悪いが、俺がお前にしてあげられるのはこれしかない。」
僕はひたすらピアノを練習した。
初めて僕がやれる事を知ったからだ。
それと同時に僕でも出来ると信じられたからだ。
なによりもそれが一番嬉しかった。
その時僕は何がなんでもやると心に決めた。
更に自分にはこれしかないとまで、おもった。
学校では初めから『出来ない』と思われ、
よく言えばしなくて済んだ。
最初は嬉しかった。楽だとおもった。
だがそれは違った。
相手にもされてなかった。
それに気付いた時はとても悲しかった。
だが、それも紛れもない事実だった。
やらされても出来ない。それが現実だった。
学校には行かなかった。学校もそれで通った。
虐められるだけだったし、それを容認しなくて済む。
学校側からしてみれば面倒事が減り、逆に良かったのだろう。
ひたすらピアノの練習だった。
雨の日も風の日も。ただ、ピアノの毎日。
1日1日と日が過ぎていく。
楽譜と鍵盤の位置が分かるようになると
それからはとてもピアノを引く事が楽しかった。
一曲を引けるようになった頃におじいちゃんが母親を呼んだ。
僕は緊張したが、不思議なもんでスラスラと曲が引けた。
気付けば演奏が終わった。まるで一瞬だったかのように。
母は泣きながら僕の身体を強く抱き締めた。
母「ごめんね?気付いてあげられなくて
ごめんね?何もしてあげられなくて、、ごめんなさい」
抱き締めた母の身体は痩せ細り、
そして母の顔は僕の知っている顔ではなくなった。
年月が経ちすぎた。
後だから何でも言えるが、
少しでも母に寄り添い、
少しでも母を支えられていたら
もっと一緒に居られたのかもしれない。
その年の冬、母親は癌で死んだ。
過労が溜まり過ぎたのだ。
人間の一生は長いようでとても短い。
人間が生きている間いろいろな必要な時間を省いても
本当にやりたい事をやれる時間は10年もない。
母はやりたいことはやれたのだろうか、、
今でもずっと、僕の心に残る癌のようなもの。
母が亡くなっていつまでも悲しみに明け暮れ
プーをしていられる状況では無かったので
僕はおじいちゃんのバンド仲間が経営するジャズバーで
働かせてもらうことになった。
日払いで、正直あまりいい給料ではないが、
僕なんかが働かせてもらえるだけでありがたかった。
僕の仕事はピアノを引くだけ。
とても楽しかった。知らない曲、初めて引く曲。
次々と覚えていった。
どんなメロディーなのかはわからないが皆が喜んでくれた。
天職だと、知った。
たが、そんな幸せな時間は長くは続かない。
ジャズバーは景気が悪くなるにつれて、経営が悪くなった。
そもそもジャズバーというもの事態、時代ではない。
沢山の飲み屋や、飲食店が連なる中、
本当に物好きではない限りそんなに客が来る訳ではない。
そこで、マスターの提案でディナーをやることになった。
といっても、僕はただピアノを引くだけ。
たまにお客さんの持ち込みの楽譜を引かされる事もあったが、
新しい譜面でとてもワクワクして楽しかった。
経営はある程度ましになり、僕の給料も上がった。
そんなある日、お店に容姿の良い女性がディナーに来た。
僕はその日、生まれて初めて初恋というものを経験した。
その日から僕の片思いが始まった。一目惚れというものだ。
胸が熱くなり、心臓が高鳴る。
胸がきゅっと締め付けられるようだった。
彼女はおばあさんと土曜の夜、不定期に来店する。
彼女が居るときは指が弾み、鍵盤が踊っていた。
彼女の視線を感じるととてもドキドキした。
ある土曜日の夜、僕が演奏を終えると、
おばあさんと彼女が僕の元へと寄って来た。
その時僕は上手く呼吸が出来なかったのを覚えている。
おばあさん「こんばんわ。いつも楽しく聴かせて頂いてるわ。
あなたのメロディーはとても深くて、引き込まれるような、
そんな感じがするのっ。ファンになってしまったわっ。
この子は私の孫なんだけどね、生まれつき視力がないの。
身体も強い方ではなくて、でも、耳は良いのよ?
私と一緒で良いものを聞き分ける才能があるの。
絶対音感を持ってるの。でも、正確な音が分かる代わりに、
音が少しでも違っていると気になっちゃってね?
この間なんか有名な演奏者のコンサートに行ったんだけど、
違うってつい言ってしまったのよっ、、
普通はその違いに気が付かないから、
気にすることは無いんだけど、
音を正確に認識できる能力を持っているからこそ
ちょっとした違いが気になっちゃうの。
それと曲を聴く時にドレミが先に聞こえてしまって、
純粋に音楽を楽しむことができないの。
音を聴き分ける能力が優れているからこそ、
障害に感じてしまう事があるのよ。
けれどあなたの演奏はそれを感じさせない。
だからすーっと弊害なく耳だけを通るの。
長々とお話ししちゃって申し訳ない、、
これからも時々来るからその時は仲良くしてねっ?」
それから幾度無く時が流れるに連れ、
彼女と居る時間が長くなった。
マスターは昼間は買い出しやら何やらで居なく、
僕も日中は仕事がないので、彼女がおばあさんと来れる時
バーで、彼女と一緒に過ごす。
彼女は僕の演奏を聴きながら身体を横に揺らす。
特に会話は無いが、それでもゆっくりと時間が流れ
音楽が僕と彼女の会話のように響く。
彼女は歌うことが好きなのだけれど、
自信がないからなかなか歌えないのだそうだ。
だから僕は彼女に伝えて貰った。
僕は耳が生まれつき聞こえないから
君が歌っていても僕にはわからないんだ。
だからここに居る間は好きなように歌うといい。
君の歌を僕は笑ったりはしないから。
彼女は目から涙を流し、
おばあさんは僕を優しく抱きしめてくれた。
それから彼女は毎日のように僕の所へ来た。
よほど歌いたかったのだろう。
僕が少しだけ、聴けるのは内緒だ。
彼女の歌はとても綺麗で、美しかった。
勿論、彼女の容姿も。とても美しかった。
そんなある日マスターがディナーショーで
彼女の歌を披露しないかと勧めてきた。
おばあさんはとても喜んだ。
彼女は恥ずかしがって、自信がないと言った。
僕は嫌われてしまうか正直怖かったが、
思いきって秘密を打ち明ける事にした。
僕は少しだけ聞こえていたことを。
彼女の声と歌は素晴らしいと。
彼女はなぜ嘘をついたのか尋ねた。
別に嘘をついていた訳ではない。
聞こえる音と聞こえない音がある。
君の声は綺麗だから聞こえたのだと。
彼女は自分の気持ちに素直になり、歌うことに決めた。
僕はおじいちゃんを招待した。
当日は沢山の人でいっぱいになった。
バーでは彼女の歌声と僕のメロディーだけが響いた。
ディナーショーは大盛況で終わった。
おじいちゃんは更に上手くなったと演奏を褒めてくれた。
そして、沢山の人に感謝された。
僕は彼女の歌が皆に聞いてもらえて
自分の事のようにとても嬉しかった。
おじさんが彼女の所に来て、是非うちのステージで
披露して欲しいとお願いした。
でも彼女はそれを断った。
何故断ったのか僕は尋ねた。
すると、驚きの返事が返ってきた。
彼女「私はあなた以外の演奏で歌ったことはないの。
あなたの演奏でなければ私は上手に歌えないわ。」
そう言われ、僕は涙した。
それから僕達はお金を貯めて、小さな古い劇場を買った。
僕達の僕達だけの小さな小さな劇場。
そこは今でも大切なかけがえのない場所となった。
彼女の声はいつまでも綺麗で。いつまでも美しく響く。
僕は彼女の為に、彼女の為だけに今日もピアノを引く。
見えない君と聞こえない僕 影神 @kagegami
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