ッ。チノコ!
へろ。
ッ。チノコ!
二一のミカが一コ上のサトルだかサトウだかと出来婚して即行で結婚式なんて挙げるもんだから、私とチィのひえっひえっの財布から三万円ぬく羽目にになるし、ミカの旦那に友達がいないのか、ただ単に予算の都合で友人を呼べないのか定かではないけど、旦那側には親族と会社関係の先輩・後輩しかいなくて、それはそれは微妙な盛り上がりの結婚式だったけど、ミカが泣いてたから私たちも少しうるっとした。
問題は二次会で、ミカの旦那の先輩に後輩が気を遣う、私たちはその脇でただニコついてるだけっていう割と地獄だったから、私とチィは途中で抜け出し逃げた。
外に出た瞬間から、チィは不満と怒りで吠えていた。
「ありえなくないッ? なにあれッ? 私らはキャバ嬢じゃねーよッ」
「とくにあいつ、あのオレオレとした先輩」
「オレはオレがオレのオレをオレにの、あの馬鹿でしょ」
「そう、あのはがのをに、ほんとヒクはッ。もうほんとッ」
「ねぇ、どうするこれから?」
「チィ飲み足りてる?」
「全ッ然!」
はがのをに先輩のせいで飲み足りてない私たちは、結婚式と二次会があった池袋を脱出し東武東上線に、あのはがのをに先輩絶対成増に住んでそう、というか成増から出たことなさそうという話になり、成増を避け上板橋にある行きつけの焼き鳥屋へ。
あのはがのをに先輩の悪口を肴にさんざ飲んだくれた私たちはなぜか結婚なんて無理だと嘆きはじめ、遂にはチィが変なことを言い出しはじめた。
「ツチノコしかねぇッ」
「えっ、なに? ツチノコ?」
「そうだよツチノコ。私たちでツチノコ捕まえて賞金頂いて、『生娘がツチノコをッ!?』って話題になって、私とエミでユニット組んでツチノコアイドルになるんだいッ」
「生娘って」と私が笑うと、「処女だからいいでしょッ」と、チィが大きな声を上げるもんだから、処女だからいいか!と、なぜだか思い、乗り気になってしまう。
「チィッ。行こう! ツチノコ捕まえにッ」
「行こうッ!エミ!」
かなり酔っていた。
上板橋の駅前でタクシーを捕まえ、運ちゃんに山に連れてけと言った。運ちゃんは怪訝な顔でこちらを見遣るが、ツッチノコ!ツッチノコ!と騒ぐ私たちの相手をするのは面倒だったのか――、タクシーは進みはじめ、そうして辿り着いた鬱蒼とした森で、私とチィは遭難した。
そもそも全てチィが悪い。舗装された山道があるにも拘わらず、途中に脇道というか獣道を見つけると、「これはマニー(ツチノコ)のにおいがしますねぇ!」とか言って、どんどんと道を逸れ、ずんずんとアイフォンの光だけを頼りに、がしゃがしゃと道なんてなくなってもお構い無しに前進を止めなかったチィが悪いのだ。
気付けば月明かりすらとどかないほどに生い茂った枝と葉に囲まれ、蜘蛛の巣は体中に張りつき、なにか分からない虫がゾワリと肌のどこかしらを這う中、我慢できなくなった私は言った。
「ねぇチィッ足痛いッ」
「えっ、うそ。私もなんだけど」
「やっぱりヒールじゃ無理あるよ」
「私五回グニャったよ、足首」
「私なんて八回はグニャってるよ」
「やばくない?」
「もう折るしかないよ」
「なにを?」
「ヒールの踵のトガッた部分」
「えぇ・・・・・・でも私、今日卸したばっかだよ、このヒール」
「私もだよ。一万八千円したんだから」
「私のは二万五千円」
「でもこれ以上はムリッ、このヒールのトガッた部分がある限り私たちは一生足首グニャり続けるからね」
意を決して私はヒールを脱ぎ踵のトガッた部分をガコッと折ったが、チィは二万五千円と呟き躊躇い続けているから私は、「チィッ、命大事にッ」そう叫べば、チィはハッとした表情で、「命、大事にッ」と、遂に二万五千円のヒールの踵のトガッた部分を折った。
そして歩きやすくなった私たちは、冷静さを取り戻す。
「エミ、おかしくない? ここって高尾山でしょ?」
「そうなの?」
「だって東京って、山は高尾山しかないでしょ?」
「え、そうなの?」
「あー、代官山もあるか」
「代官山って山なの?」
「山でしょ? なんかおしゃれな」
「ねぇ、チィって東京出身じゃないの?」
「なに言ってんの? 神奈川だよ」
「えっ?」
「えっ? エミは東京だよね?」
「違うよ、茨城だよ」
そうなのだ、私とチィは互いの出身地すら知らないほどに仲良くない。
ただ大学が一緒ってだけで、私はミカと同じグループで、チィはミカと同じサークルってだけで、今日までほとんど面識がなかった。たまたま結婚式のテーブルが同じで話が弾んで仲良くなっただけで、チィのことなんてほとんど知らない。
あーッ、もうッ――――。
「ねぇ、ほんとやだッ」
「なにが?」
「こんな出身地も知らなかった人間と遭難して、しかもそいつのせいで死ぬのなんてやだって言ってんのッ」
「はぁーッ? 私だって茨城のド田舎で息してた人間と死にたくねーッ」
「おんめぇ、こんのッ、ばかたれッ、このぉ。神奈川っつったっぺッ。横浜じゃないんだべッ。横浜でもねーのに偉そうにすんな、このッ」
私たちはアイフォンの光を互いの顔にあて牽制し合う。
一升瓶をもう片手に持つチィの方がやや有利だ。
一触即発の空気の中、チィは言った。
「ちょっとタンマ。ねぇ、聞こえない?」
「はぁ、なーに言ってんだおめぇ、屁でも放くんか?」
「え、なに? 茨城の人ってそういうことすんの?」
チィの真剣な問いに私の耳が熱くなる。
「ちょっとやめて。ごめん、ほんと茨城はそんなんじゃないから」
「いやそれはいいんだけど、なんかせせらぎが聞こえんの」
「聞こえないけど」
「私には分かる。毎週、音のソノリティ見てっから」
「ねぇ、チィってすごいひまじ――」
「言いからッ着いてきてッ」
チィの気迫に圧され私は黙って後をついて行くと急に視界は開けた。
月明かりの下には、砂利道、そしてその中心には幅三メートルくらの流れが緩やかな流れの浅い川があった。
「すごいッ、すごいッ」と私はチィを褒めるが、チィはなぜか複雑そうな表情だった。
私たちは川の近くにあった大きな石に腰掛けて、さんざヒールでグニャって痛む足首を冷やした。
痛む足に冷たい川の水は、ただただ気持ちが良くて、でもただそれだけで、別段やることなどない私たちはアヘアへ言いながら酒を飲んだ。
取り留めも無い、くだらない話をアヘアへと、そうしていると段々と空は蒼くさらには薄く、青みはなくなり白やんだ頃、アヘアへと笑うチィが指差し、「ツチノコがいるよ! ほらあそこ、エミ! ツチノコッ!」と。
私がチィの指差す方向を見遣れば、少し上流の対岸で川面に向かって野ションをするジジィがいた。
確かに尻まで丸出しで野ションをするジジィのあそこと金玉がシワシワな垂れ下がり具合は、シルエットだけで言えばツチノコの様で、私たちはゲラゲラと笑いながら川上から流れてくる尿を、キッタネェ! キッタネェ! とアホほど騒ぎ川から足を上げる。
腹を抱えゲラゲラと笑う私たちのせいで尿が止まってしまったのだろう、顔を赤らめながらにジジィが声を掛けてきた。
「こんらぁ、おめーら、なーにしてんだ、こんなとこで?」
笑いすぎてヒグヒグ言いながらもチィは応える。
「わ、わたしたちぃーッヒグッ、遭難しちゃったんですぅー」
「はぁ?」
ジジィは訝しげな表情で私たちを見遣る。
「ここってぇーヒグッ、高尾山ですよねぇー? あー、代ヒグッ、かんやま?」
「ばーかなこと言ってんでねぇ、ここは埼玉だぁー」
埼玉でした。
ジジィは酩酊してヨタヨタと歩く私たちを介抱しながら、ちゃんと舗装された別道を案内し、わざわざ下山に付き添ってくれて、あろうことか片道四十分の私たちの各家まで軽トラで送ってくれた
泥酔状態の私たちは乗り心地の悪い軽トラの揺れで途中なんども吐いた。
本当に良いジジィだった。
家に帰り、私はコップ一杯の水を一気に飲み干し、そしてある仮説を立てる。
ツチノコは泥酔したおじいさんが野ションをしようといちもつを出し、それが自分のものとも気付かず、ツチノコがいたッと驚き慌てふためいた。
なんてあるわきゃないか。
でも割とおもしろいから、今度チィと飲んだ時にでも聞かせてやろう。
ッ。チノコ! へろ。 @herookaherosuke
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