第14話
急いでかき集めた荷物が、ちょっと大きめのリュックに収まったことが今の状況では嬉しいが、あの狭い店の中にあったものでも大切な物がこれしかないのかと悲しくもなった。
あの二人と一匹は今どうしているだろうか。観てみると今のところ無事に街から離れている。ただペースに不安がある。すぐに追いつかれることはないだろうが、何か一悶着あったか。
「ま、その一悶着は私のせいだろうけど」
鼻をすすりながらルベルは言った。
それでも彼らが意思を持って前に進んでいるのだから、ミケは事実と真実を乗り越え、ハチグモは上手くやってくれたのだろう。
彼女は街の展望台に居た。たいして観光になりそうなシンボルが無いくせに作られた、税金の無駄遣いの象徴。けれど、文句を言いながらもルベルはここを気に入っている。ここからなら、街に溶けている彼女の店が見える。ルベルの魔法ならわざわざ高い所に上る必要などない。それでも、皆が見ることのできる視点から、自分の店を確認できるのはなんともいえない幸福感があった。
街を歩いていると拝啓に溶け込んでしまっていて、存在していてもいなくても変わりない彼女の店。だがここなら、街をよく見たいという目的の人なら、見つけてくれるかもしれない。誰かがここから見てくれているかもしれない。そんな妄想がルベルの数少ない日常に楽しみ方だった。
今は暗く月光すら少ない。肝心のルベルの店は、建っている地区の街灯などののおかげでぼやけて見えるだけだった。それでも魔法を使わなくても最後の姿を見ることができて良かった。
「これで最後か」
たぶんもう、誰かが生活していることを主張しない店を見ると涙が零れそうになる。けれど涙を流すと、自分でした選択なのに、それを何かのせいにする悲劇のヒロインを気取っているみたいで嫌だから、鼻水をすすることでごまかしていた。
彼女の元にポイノム一行が訪問したのは数時間前だった。
目的は勿論ハチグモ達だ。本人が言っていたように、彼女の店に訪れたという情報を聞き訪ねてきた。
ただそれだけ。本当に聞きに来ただけ。そう、依頼ですらない。
散歩をしていたらそんなに仲良くない知り合いに会ってくそつまらない話を聞かされたり、備品を買いに行っただけなのにくそ必要のないものをいらないと言っているのに延々と勧めてくる店員の話と一緒。時間の無駄なのに、切り上げるのが難しい。それこそ金を貰わないと割に合わない。しかもしたくもない話に付き合わされたうえに、脅迫された。
「正直に話さないとその可愛くも無いお顔を溶かしますよ……だっけ。うるせえばーか。語彙力ねーんだよ」
似てない物真似に悪態をついた。
ポイノムがルベルの店に来たのは、嫌がらせかなにかのつもりなのだろう。情報がないのであれば、ルベルの魔法を聞きつけてやってくるのは分かる。断片的な情報だろうと、対象を探すことができるのだから。そもそもルベルに頼らなくても、名の通った探りの魔法使いを訪ねれば話は早いのだ。ポイノムはそれをしなかったうえに、ハチグモ達がやってきたのを知ってて訪れた。
ポイノムは今良くも悪くも名前が売れてきている。だから、下手なことをしたらどうなるかという、脅しの意味もあったのだろう。
わざわざこんな状況で訪ねる相手ならば、それなりの友好関係を築いているのは容易に想像できる。
ルベルに迫るつもりだったのだ。友人を売れと。売らなければ酷い目に遭わせるぞ。ポイノムの悪い噂を聞いていたし、仕事がらそんなことをする人間を沢山見てきた。ポイノムはそんな奴らとそっくりだった。
そんな二択を遠回しに突きつけられたルベルが売ったのは、自分の未来だった。
ポイノム達に教えたのは嘘の情報。数年暮らした街の地理は詳しいので、丁寧にハチグモ達が向かったのとは違う方へ誘導した。ただ真逆の方へ行かせるとすぐにばれてしまいそうなので、途中までは実際に通ったルートを教えた。
小細工はしたが、結局すぐにばれてしまうだろう。相手は信用していないし、少しでもおかしいなと思えば他の魔法使い、最低でも魔術使いを使えばいいのだ。
だからポイノム達がある程度離れてから、夜逃げ同然に店から飛び出してきた。未来を売ったとしても、命まで捧ぐつもりはない。報復が来る前に逃げるが吉だ。見張りがいたようだが、そんなものはルベルの魔法でどうとにもなる。
生まれながらの魔法使いを毛嫌いしており、実力行使をいとわないポイノムに粘着されていいことなど一つも無い。奴が生きているか、影響力が残っている限り、あの店に帰るのは止めたほうが良いだろう。この大陸で足のつくことはあまりしたくはない。
いつかは帰れるのだろうか。小さな店でも、既に寂れ始めてきていてもあそこには夢が詰まっている。ホコリを被っていようが愛おしいものが確かにある。
いや止めよう。帰れる、と思うのは甘えを生む。もう帰れないと思い込むしかない。
そこまで後ろ髪を引かれるのに、何故ルベルはあの二人を助けたのか。
実は本人はあまり考えないようにしていた。ポイノムを観て、ミケを追い出すことを決めたのはほぼ反射に近かった。
ハチグモに恩があるから、ミケに責任逃れをしたお詫びをしたかったから。それらも立派な理由だったが、店を捨てるほどだったのか。
もしかしたら仕事から逃げ出したかったのかもしれない。自分には才能がないと気づいた仕事、でも他にできることはないと決めつけていたために、何もしようとしなかった状況を変えたかったのかもしれない。理由が欲しかったのだ。
相変わらず卑怯者だ。泣けてくる。
だがしてしまったのだからもう行動するしなかない。今はただ死なないために逃げるだけだ。
「とりあえず水の大陸かな……あそこ田舎だけど平和だし」
目的地までのルートを頭の中で確認していると、曇っていた空の一部が晴れ星空が見えた。
「星か……そういえば久しぶりだな。ちゃんと見るの」
別に嫌いなわけではないが、星読みの魔術が上手くいかなかったせいであまり見なくなっていた。
久しぶりに見た星空は美しく、新しい道を進むルベルを応援するようにキラキラしていた。
そんな星の祝福に魅せられたルベルは変な気を起こし、出来もしないのに星読みの魔術を使った占いを試してみた。自分の進む道が最善か最悪かを挑戦する前に占うのは愚行だと分かっているのに。引き返せない場合に、その道は最悪なんて言われたらどうしようもない。
星読みに必要な素材は不足しているが、それなりの金をかけたガラス玉で代用できる。リュックからガラス玉を取り出し、空に掲げた。
最初は自分の未来を見るつもりだったが、変な気を起こしハチグモ達の未来も見てみることにした。粘着ストーカーに狙われた二人と一匹の未来。そうそうの決着をつけてくれ、都合の良い結果ならば状況を必要以上に深刻に捉えることはなくなるからだ。
結果はやはり失敗だった。一応見ることはできたのだが、ノイズが酷すぎて判断が難しい。それでもルベルは冷や水を浴びせられた感覚に襲われることになる。
彼女が見た未来のは複数の人影が映っていた。そのほとんどは地面に突っ伏しているのだが、たった一人だけ立っている人物がいたのだ。
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