死の錠剤─デッド・ピル─
結城彼方
第1錠 死神
「お前もう明日から来なくていいから」
突然、上司に呼び出されこう告げられた。そして延々と、俺のダメなところや、業界に向いてないだの、他の仕事を探した方が良いだの、工場勤務が向いてるだの言われた。好きなだけ罵倒すると、上司は「退職勧奨」と書かれた紙を渡して、名前を書いて持って来るよう指示した。
頭の中がまともに動かない。今までの頑張りは何だったんだ?精神安定剤を飲んでまで理不尽なパワハラに絶えた意味は?退職勧奨ってなんだ?これからどうやって生活していけばいい?何で俺なんだ?どうしてこうなった?
色んな思いがひとしきり頭の中を巡ったあと、妙にスッキリして、全てがどうでも良くなった。
気がつくと、どっかのビルの屋上にいた。不法侵入だろうが、今の俺にはどうでも良かった。フェンスから下を眺める。死ぬには十分な高さだ。決意が固まるまで時間はかからなかった。踏み出す一歩目は、想像以上に軽かった。それは俺の命の軽さを物語っているようだった。
「お前さん、死ぬ気かい?」
後ろから声がした。驚いて振り向くと、いかにもなホームレスが座っていた。
「お前さん、そっから飛び降りて死ぬ気かい?」
ホームレスが再び問う。
「そうだよ。」
俺は答えた。すると、ホームレスがゆっくりとこっちに寄って来てこう言った。
「お前さん。ワシのことをホームレスか何かだと勘違いしているじゃろ?」
俺は言葉に詰まった。何故ならホームレスの言うとおりだし、現に、そうとしか見えないからだ。
「じゃあ、ホームレス以外の何だって言うんだ?爺さん?」
俺は少し声を荒げて言った。
すると、ホームレスの老人はニヤリと笑ってこう言った。
「ワシャ死神じゃよ。」
それを聞いて思わず吹き出してしまった。あまりにも突拍子もなく、そして当然、信じられなかったからだ。だが、少し面白かった。そこで、少しこの老人をからかう事にした。
「それなら爺さん、証拠を見せてくれよ。そうだな、俺の上司を殺してくれ。」
何だかんだと理由をつけて断るだろう。そう思っていた。
「いいじゃろう。」
老人はあっさりと了承した。
自称死神の老人と共に、会社に向かった。すると幸運にもすぐ、俺に辞めるよう宣告した上司と出くわした。さっそく上司は罵倒を始めた。
「何しに戻ってきた。もうお前みたいな無能の居場所は無いと言っただろう。さっさと消えろ。会社には入るなよ。企業秘密を盗まれちゃたまらんからな。それと、横にいるのはお友達か?それなら紹介してくれよ。お前のお仲間のホームレスだろ。」
ハラワタが煮えくり返り、拳を握っていた。どうなっても良い。死ぬ前にこいつをぶん殴ってやる。そう思って一歩踏み出そうとすると、自称死神の老人に遮られた。そして老人は、上司の前に立ちはだかり、じっと睨み付けた。
「何だよ爺さん。喧嘩売ってんのか?」
上司はそう言うと、自称死神の肩を突き飛ばした。次の瞬間、バタリと倒れた───
─────上司が。
倒れた上司を目の前に、俺は体が硬直し言葉も出なかった。
「殺してやったぞ。望み通り。」
死神が言う。もうさっきまでの老人とは雰囲気が違う。その異様な威圧感に圧倒されそうだった。次第に人が集まってきて、事の重大さに気がついた。
「もとに戻してくれ!」
思わず口にだしてしまった。
死神が首を傾げて言う。
「お前さんは、この上司に死んでほしかったんじゃよな?」
俺は震えた声で答えた。
「あ、、、ああそうだ。でも、まさか本当に死ぬとは思ってなかったんだ。」
死神はしばらく沈黙した後、ため息をついた。
「やれやれ、、、」
と言って、気だるそうに上司に触れた。すると、上司がゆっくりと起き上がった。上司は何が起きたか理解出来ていないようだった。しかし、恐ろしいことがあったことを本能的に感じたのか、情けない悲鳴をあげて逃げていった。
俺達は野次馬から逃げるようにその場を去った。そして、夜の公園で死神に言った。
「爺さん。あんた本当に死神だったんだな。」
死神は頷く。
「爺さん。死神は人を殺す以外に、人を生き返らせることもできるのか?」
死神が答える
「仮にも“神”を名に持つ者じゃからな、生殺与奪など造作もない。」
俺は興奮し、さらに続けた。
「他にはどんな事ができるんだ?」
死神は少し考え、こう言った。
「自分の力を使ってこんなモノも作れるぞ。」
そう言って、小さく滑らかな錠剤を見せた。
俺は聞いた
「何だよこれ?」
死神が答える。
「これはな、
疑問に思った俺はさらに聞いた。
「どうして俺にこれを渡そうと思ったんだ?」
死神は、錠剤を一つ俺に渡してこう言った。
「お前さんは十分苦しんで、あの場所にいたのじゃろう。死ぬ瞬間まで苦痛を味わう必要があるのかと疑問に思ってのう・・・・その錠剤は好きに使え。どう使おうと、お前さんの自由じゃ。」
そう言い残すと、死神は姿を消した。
俺はここ数日迷っていた。一度は死を覚悟したにも関わらず、衝撃的な出来事を目の前にして、なんだか死ぬ気が萎えてしまった。そして何より、この“
人間ってのは不思議なもんだ。いざ自由な選択肢を与えられると非常に悩む。場所はどこにしよう。どんな風に死のう。都会のど真ん中、田舎、山の中、スカイダイビングしながらとか、色々と考えて数日経っていた。ある夜、海辺を散歩していた。もちろん。死に場所候補としての下見だ。すると、少し離れた場所から悲鳴が聞こえた。
「誰か助けて!」
女性の声だった、俺は走って声のする方に行くと、スキンヘッドのいかにもな風体のリーダー格の男と、その手下らしき男2人の3人組が女性を車のトランクに押し込もうとしていた。
「誰かー!!」
女性は叫び続けていた。
どうする?助けを呼ぶか?でも、その間にトランクに入れられ、連れていかれてしまったらどうする?じゃあ俺がヒーローみたいに助けるか?そんなこと出来っこ無い。頭の中を、どうしようもない考えがグルグルと廻る。そして思った。どのみち死ぬつもりだったんだ。
「おい!」
俺は声を張り上げたつもりだったが、その声には震えも混じっていた。そして俺は続けた。
「その女を解放しろ!」
すると手下らしき2人がこっちへ近づいて来た。俺は思いっきり拳を振り上げ殴ろうとしたが、あっという間に返り討ちに遭い、死ぬほどボコボコにされた。このままでは女性が連れていかれる。痛む全身を奮い立たせ、声を出した。
「おい!このハゲ!お前は弱いから手下に任せてかかって来ないのか?」
リーダー格の男がこちらを振り向き近づいてきた。その瞬間、男の顔をめがけて浜辺の砂をぶつけた。砂で男の目を潰している隙にポケットから
浜辺に倒れている俺に女が言う。
「ありがとうございます。大丈夫ですか?今、救急車呼びますね。」
俺は言った。
「全く。本当にどうしてくれるんだよ。あんたを助けたせいで生きないといけなくなっちまったじゃないか。俺は死ぬつもりだったのに。」
女がまた何かを言っている。だが、俺の耳には入ってこない。どうやら意識が遠くなってるみたいだ。そうか、俺は死ぬのか。まるでよく働いた日の夜、心地よい眠気に包まれるように。全身の痛みが消え、心地よい感覚に包まれていく。自分で選んだ死に方じゃあ無かったけど、悪くない死に方だな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます