第44話

「王都までは10日の距離です」

「随分かかりますね」

「徒歩ならその倍以上ですよ」


 荷車が一台、小さな馬車が一台。どちらも馬は二頭繋がっている。それと馬車にも荷車にも繋がっていない馬が二頭だ。

 だが馬車には御者の村人が二人載っているだけ。


「鮮度もありますけん、スピードを維持するための、交代用なんですよ」

「そうなんですか。じゃあこっちの馬も?」


 馬車にも荷車にも繋がっていない二頭だ。


「いえいえ、こっちが冒険者さんに乗って貰うための馬ですよ」

「「ジャンケン──ポンッ」」


 またジャンケンが始まった。


「やったわ!」

「悔しいですぅ」


 今度はシェリルが勝ったらしい。

 練習できる機会があったら、自分で乗れるようにしなきゃな……。


 シェリルの後ろに跨って(決していやらしい意味ではない!)出発する。


「ねぇ空。空気清浄の範囲、少し小さくしてみて。どんだけ臭いのか、嗅いでみたい」

「え? うん、まぁ俺も少し気になるから、花粉以外の成分をそのまま残すよう、スキルを掛けなおすよ──"空気清浄"」


 特に……臭くないような?


「はっはっは。兄ちゃんたち、そっちは風上だべ。臭いを嗅ぎてーってんなら、荷車の横さ行ってみるだ」

「横ね。はっ」


 シェリルが馬の腹を軽く蹴るとスピードがあがる。

 急だったので俺は振り落とされまいと、彼女にピッタリとくっついた。

 ぁ……石鹸の匂い。いいなぁ────


「くっせぇええぇぇぇぇぇっ!」

「ダメっ。これ殺人級よ! 空、は、早く空気清浄っ」

『きゅ、きゅきゅう~♪』

「くっせえええええぇぇぇ"空気清浄"!」

『きゅうぅぅ!?』

「なんで毛玉はそんな嬉しそうなんだよっ。無理だろこれっ」


 ドリンの臭いを消臭!!

 頭の中にはそれだけしかなかった。それぐらい臭かった。

 

 そのせいで──


「ふえっくしゅん。ヤベ、ぶえっくしゅん!」


 花粉対策が出来ていなかった。






「あぁ、久々に花粉が体に入った気がする」

「大変ね」

「エルフの里では、植物の花粉でくしゃみが出る人はいないのですが。人間族の方だけなのでしょうか」

「え!? なにそれ。エルフ羨ましい! 俺エルフになりたい」

「なりたいからってなれる訳ないでしょ、もう」


 エルフマジ羨ましい。


「あそこが今夜泊まる場所です。といっても、あの小屋は乗り合う馬車の乗客用なんで、私らは横にテントを張るだけなんですけどね」

「へぇ。他にもテントを張ってる人がいますね」

「えぇ。人が大勢いたほうが、モンスターも盗賊も襲い難いですから」

「ただいつもなら儂ら、小屋の近くにはテントを張らせて貰えないんですよ。荷の都合でね」


 空の馬車を引く依頼主によると、臭い&モンスターが寄って来る──という理由で追い返されるのだとか。

 だから冒険者の護衛を雇うしかないと。


「ほんと、臭いを消してくれるスキルはいいですねぇ。空さん、わしらの村に移住してきませんか?」

「は、はは。いやぁ、その……すみません」


 消臭剤としてコキ使われる未来が見える。

 それに、せっかくの異世界でさぁ今から旅だぞってところで、農村に移住って。ないない。


 小屋の近くの木に馬を繋いで、まずすることと言えば。


「"生命の精霊よ。痛みを和らげ内外の傷を癒す力になって"」

「イタタタタ。さすがに丸一日馬に乗ってると、お尻すれちゃって痛いわね」

「空さんも」


 にっこり微笑むリシェルは、俺にお尻を見せろ──という。

 もちろんパンツを脱げってんじゃない。

 でもやっぱり恥ずかしいだろ!


『きゅうん』


 背後から、甘えたような声の毛玉が聞こえた。

 ──と思ったら、『ぎゅふっ!』と腹黒い時の毛玉ボイスが聞こえ、そして衝撃が走った。


 尻に。


「あああぁぁぁぁっー!」

「そ、空さん大丈夫ですか!?」

「コラッ毛玉っ。ダメでしょ空のお尻に頭突きしたら!!」

『きゅうん』


 おま、毛玉……角あるの……忘れんなよ……。


「はっはっは。お疲れさん。テントを張る作業はおじさんたちがやっておくから、少し休んでいなさい」

「す、すびばせん」


 俺たちのテントも依頼主の村人に預け、羞恥心をぐっと堪えてリシェルに治療をしてもらう。

 すぐに効果は現れ、痛みはすっと消えた。

 はぁ、死ぬかと思ったぜ。


 テントを任せているので、俺たちは飯の支度にとりかかる。

 小屋の横には井戸があり、これは自由に使っていいとのこと。

 俺が井戸で水を汲んでいる間に、シェリルたちが焚火の準備をした。


 俺たちの周囲でも、三つほど焚火の明かりが見える。小屋の窓からも光が漏れていた。


 食事を終えると、冒険者風の人がやって来て声をかけてきた。


「夜の見張り順だが──」

「見張り順、ですか?」

「ん? 知らないのか」


 なにをだろう?


「こういう休息場はな、それぞれで見張りを立てるより、グループ全体で交代制にする方が睡眠時間を多く取れるんだよ」

「あぁ、なるほど」

「んで、お前さんところは若いのばかりだし人数も少ないからな。早朝を担当してくれないか?」


 早朝なら、夜行性のモンスターの活動も鈍っているからそもそも襲ってこないだろう。

 盗賊にしても明るくなれば襲い難い。

 もっとも、大人数が宿泊する休息場を襲撃するような盗賊は早々いないがな──と、声をかけてきた冒険者は笑いながら言う。


 ならお言葉に甘えて、明け方まで休ませてもらおう。

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