第5話 戦慄! 巨大鬼

「ルカ、あのさ……」

「誠吾が今までの人間と違うのは最初に会った時から分かってた。全然悪意がないんだもの。私が鬼だって分かってからも」

「うん、俺は君を守りたい」

「でもダメなの、ごめん。まだ……」


 俺達はまだ会って少ししか時間が経っていない。人間だって深いトラウマから抜け出すにはすごい時間がかかるんだ。抜け出せない場合だってある。きっと鬼もそこは一緒なのだろう。一緒だって考えた方がいい。

 だって、目の前の鬼の少女はちょっと見た目に特徴があるだけの普通の女の子にしか見えないのだから。


「ルカ、聞いてくれ。この場所はもう見つかってしまったんだ。つまり、いつ他の退治屋が来るか分からない」

「殺しに来たらこっちから殺す!」

「そうじゃないんだ! 君にはそんな事をして欲しくない」


 俺がルカを説得しようと両手を広げた時だった。突然強い振動が地面を揺らした。地震のようだけど地震じゃない。何か巨大なものが歩いた時に発生する振動。

 この異常事態に、山の生き物達も一斉に騒ぎ出していた。空をカラス達が覆う景色を、俺達は窓から並んで眺める。一面を覆い尽くした黒が飛び去った後に視界に飛び込んできたのは、山の木々よりも背の高い巨大な鬼の姿だった。


「な、何だあれ……」

「いけない!」


 巨大鬼の正体をルカは知っていたらしい。俺を置き去りにすぐに駆け出していく。一瞬呆気にとられたものの、俺もすぐに後を追った。想像通り、彼女は巨大鬼のもとに向かっている。

 俺は急いで追いつくと、ルカの精悍な横顔を見る。


「あの大きな鬼、アレは?」

「大昔に封印したはずの悪い鬼。誰かがそれを解いたみたい」

「ルカはアレを封印出来る?」

「それは分からない、でも……」


 話している途中で、俺達は巨大鬼の近くに見知った顔を発見する。それは、さっき俺が倒したあのベテラン退治屋だった。


「何であなたがこんなところに!」

「おや、君か。ご丁寧に鬼娘まで連れて。仲がいい事で」

「それより、何を企んでるんだ」

「ふふ、流石察しがいいな。そうとも、俺があの鬼の封印を解いてやった!」


 俺の最悪の想定は当たっていた。見たところ、鬼は山を降りてふもとに向かっている。このままでは街にも大きな被害が出てしまうだろう。人間と同じくらいの大きさなら俺の技で退治出来るかも知れない。けど、相手は10メートル以上だ。攻撃が通用するかどうかも分からない。それに、あの巨大なバケモノが本気で向かってきたらきっと勝ち目はない。

 こんな場合にどうすればいいのか答えを出せないでいると、退治屋はいきなり高笑いを始めた。


「あの鬼はな、封印を解いた相手の命令を聞くのさ。このまま街を襲わせる!」

「な、何を……」

「それで、十分な被害が出たところで俺が倒すんだよ! なぁ、完璧だろ!」


 そう言い切った退治屋の顔は――狂気に歪んでいた。俺は狂った人間の顔を初めて目にして、思わず気後れしてしまう。

 そんな青ざめた俺の顔を見て、退治屋は更に楽しそうに声を弾ませた。


「お前はそれを止めようとここまで来たんだろう? まずは肩慣らしだ! 鬼よ、この人間を殺せぇ!」

「くうっ」


 さっきまで山を降りようとしていた鬼は、退治屋の声を聞いて方向転換。真っ直ぐに俺の方に向かってきた。その顔は無表情だ。本当に退治屋の命令によって動くロボットのように見えてくる。大昔にもこんな光景が展開されたのだろうか。俺は、一歩一歩迫ってくる自分の死を前にゴクリと息を呑み、潔く覚悟を決める。

 と、その時、ずっとこのやり取りを聞いていたルカが俺の前に入り込んで両手を広げた。


「させない!」

「ふん、鬼娘1人で何が出来……」


 次の瞬間、巨大鬼の振り上げた足が得意げな顔の退治屋を容赦なく踏み潰す。このあまりにも急な展開に、俺達は全く理解が追いつかなかった。ただ、このまま立ち止まっていると次にせんべいになるのは俺達だ。

 その最悪の想像が頭の中に浮かんだ時には、先に体が動いていた。彼女の手を握って一気に戦線離脱。行動が早かったのもあって、何とか踏み潰されずに済む事が出来た。


「ちょ、どこまで走るつもり?」

「ルカはここで待ってて!」

「え? 誠吾?」


 俺は、鬼退治のために用意していた退魔の豆を掴む。ようやく鬼退治の機会を得たと言うのに、その相手がこんな無理ゲーって言うのがちょっと心境的に複雑だけど。


「来いよォ! 化け物鬼ィ!」

「……」


 巨大鬼は俺の言葉が聞こえていないのか、ただ無表情で機械的に歩いてくる。俺は手の中にある豆にありったけの霊気を込めていく。さあ、お待ちかねの力勝負だ。俺の力がどこまで通じるか、今まで生きてきた中で一番の気合で臨む。


 タイミングを読んで、今だ――。


「鬼はァー外ォーッ!」

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