232 砂糖とお酒

 俺が顔を洗い終わる頃には、フィオやイジェ、シロも起きてきた。

 みんなで準備をして、朝ご飯を作るために食堂へと向かう。


 みんなでイジェの調理を手伝っていると、

「きゅお~~?」

「ぁぅぁぅ」「……」「わふ」

 ヒッポリアスと子魔狼たちが騒ぎ始めた。


 なにやら、甜菜の入った壺が気になるらしい。


「……」

 シロは子魔狼たちの後ろで、行儀良くお座りしている。

 だが、尻尾は大きくバッサバッサと揺れていた。



「みんな、どうした? 甜菜が気になるのか?」

『さとう、たべる?』

「…………」

「「「…………」」」

 ヒッポリアスがそういうと、シロと子魔狼たちが期待の籠もった目で、俺を見る。


「そういえば、ヒッポリアスとシロと子魔狼たちは味を知っているんだったな」


 イジェの村で見つけた砂糖をみんなで少し味見した。

 ヒッポリアスもシロも子魔狼たちも砂糖の味が気に入った様子だった。


「ヒッポリアスはともかく、シロたちも甘い物が大好きなのか? 狼なのにな」


 竜は甘い物が好きな種が多いイメージがある。

 昔、飛竜も甘い物を喜んで食べていた。


『すき』

「わふぅ」

『たべる! たべる!』「……ぁぅ」『いっぱいたべる』


 狼に甘い物好きのイメージはあまりない。

 むしろ砂糖を食べさせたら体に悪いと言われている。


 だが、シロたちは魔獣、それも伝説の白銀狼王フェンリル種だ。

 一般の狼とは違うのだろう。


「とはいえ、あまり食べさせすぎない方がいいよな」

「くーぅん」

「ぴぃー」「きゅ」「ひぃん」


 シロも子魔狼たちもがっかりしている。

 そこまで気に入っていたとは思わなかった。

 ケリーと相談して、食べ過ぎにならない量をあげるぐらいなら、いいだろう。


「でもな、ヒッポリアス、シロ。クロ、ロロ、ルル。まだ砂糖は食べられないんだ」

『なんで?』


 ヒッポリアスは首をかしげて尋ねてくる。


「きゅーん」

「「「ひーん」」」


 シロや子魔狼たちは、哀れっぽい甘えた鳴き声をあげる。

 わがままを聞いてあげたくなるのでやめて欲しい。


「まだ砂糖作りの作業をしていないからな」


 昨日は燕麦の収穫を優先したので、砂糖作りの作業には入っていないのだ。


『いいにおいしてるよ!』

「わぅ」

『たべれる!』「ぁぅ」『なめる!』


 どうやら、鼻がよいヒッポリアスやシロたちは壺から漂う甘い匂いに惹かれているらしい。


「いい匂いか。感じないが……」


 俺の鼻では、無臭としか感じ無い。


「ソダネ。アマいニオイがしてきたね」

「イジェは、匂いを感じる?」

「カンジル」


 やはり、イジェは鼻がよいらしい。


「キョウジュウに、サトウはツクらないとイケナイかも」

「そっか、手伝うよ」

『てつだう!』

「わふわふ」

『クロもてつだう!』「ぁぅ」「てつだう」


 ヒッポリアスたちは、やる気にあふれている。

 だが、きっと砂糖作りの戦力はならないだろう。


「ほておいたら、どうなるの?」


 朝食準備を手伝ってくれていたフィオが言う。


「放っておいたらか。腐るんじゃないか?」

「もたいない!」

「そうだな、もったいないな」


 そんなことを話していると、


「ミッカぐらいで、クサクなるよ。ソシテ、もっとホオッてオイタラ、オサケになっちゃう」

「酒?」


 手伝っていた冒険者の目が輝いた。


「放っておいてもいいんじゃないか?」


 そんなことを言い出した。

 冒険者たちにはお酒が好きな者が多いのだ。


「ダメ!」


 イジェの思いのほか強い口調に、お酒好きな冒険者たちは少しびっくりしたようだった。


「イジェ、だめなのかい?」


 冒険者がおずおずと言った感じで尋ねる。


「ダメ。オサケなら、ベツのホウホウがある」

「別の方法ってなんだ?」


 俺が尋ねると、イジェは少し考える。


「テオさんには、サトウのツクリカタ、カンタンにだけどセツメイしたよね?」

「ああ、そうだな。たしか――」


 俺はその場にいる冒険者たちに伝えるためにも、簡単に説明する。


「甜菜を一日水に浸けて……この過程はもう完了したな」

「ウン。ジュウブン」

「水に浸けた甜菜の皮を剥いて、細かく切ってから、沸騰させないよう気をつけながら鍋で一時間ほど煮るんだったか」

「ソウソウ」

「それが終わったら、甜菜を取り出して、灰汁をとって、煮汁を更に煮詰めて、冷やして完成」

「ソウソウ。ダイタイ、ソンナカンジ」


 説明を聞いていた冒険者が首をかしげる。


「えっと、お酒の造り方は?」


 お酒大好きな冒険者たちは砂糖の作り方ではなく、お酒の造り方を知りたいのだ。


「ウン。トチュウでトリダシタテンサイがアルデショウ?」

「ああ、一時間煮た後にとりだすやつだな」

「ウン。ソレをキレイなミズのナカにイレルの」

「ほうほう」

「ソレをホウチしたら、オサケにナル」

「それはすごい」


 お酒好きの冒険者たちの目が輝いた。


「ミズにツケタテンサイをホウチしてもオサケにナルコトモアルノダケド。クサッチャウこともオオイの」

「ほうほう?」


 イジェがするお酒の講義に、冒険者たちは真剣に耳を傾けている。


「デモ、イッタンニレば、クサラセルチイサなムシがシンデ、オサケをツクるムシだけイキノコルカラ、イインだって」

「……俺は熱を入れたら、お酒を造る妖精も死ぬって聞いたけど」


 冒険者の一人が首をかしげている。

 俺もそれは聞いたことがある。


 旧大陸では妖精が酒を造ると言われているが、妖精が本当にいるのかは定かではない。

 ただ、酒にする前に、加熱すると上手く酒にならないらしい。

 そんな話しを聞いたことがある。


 イジェの言う虫は、旧大陸の妖精のような存在なのだろう。


「ンー。ワカンナイ」

「そっか、わかんないか」

「ウン。デモ、オサケはマイトシ、デキテイタよ?」

「それならいいんだ!」


 お酒ができるならば、詳細な仕組みなどは気にしない。

 それが冒険者なのだ。


 きっと、旧大陸のお酒の妖精より、新大陸のお酒の虫のほうが熱に強いに違いない。

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