187 イジェの朝
「確かに。熱くなることができるなら、下水槽の凍結も怖くないな」
『そう』
「だが、毎日寒くなるぞ。常時温まるとなると、かなり力を使わないか?」
『だいじょうぶ。よゆう』
「下水の浄化で充分まかなえるのか?」
『まかなえる』
「それなら安心だが」
すると、便槽のほうで臣下スライムが鳴く。
「「「ぴいぴい」」」
「どうした?」
便槽を覗くと、蒸気が顔に掛かる。
便槽に溜まっていた水を、スライムたちがボコボコと沸騰させていたようだ。
「そんなに熱くできたとは……」
『できる。すごい?』
「すごいなんてもんじゃないぞ」
「ぴ~ぃぴぃ」
ピイはとても嬉しそうにゆっくりと揺れていた。
旧大陸のスライムは非常に強力魔物だった。
新大陸のスライムの力は旧大陸のスライムを凌ぐと考えた方が良いだろう。
ピイの臣下スライム一匹を討伐しようと思うならば、Bランク冒険者が必要だ。
それも油断すれば、油断しなくとも不運があれば負けてしまうだろう。
ソロで臣下スライムを安全に討伐できるのは、俺たちの仲間冒険者ではヴィクトルとジゼラだけだ。
「強いなぁ」
「ぴぃ~」
「スライムたちが凄いことはわかったが、定期的に雪かきはした方がいいよな」
この辺りにはたくさんの雪が積もると聞いている。
蓋の上に数メトルの雪が積もれば、強力なスライムたちも外に出て遊べなくなってしまう。
それに、なにか不具合が起こったときに俺が駆けつけるのが大変になる。
『ゆきかきする?』
「そうだな。ヒッポリアスとかボアボアに手伝ってもらえば、さほど大変ではないだろうし」
『みんなでやる』
「……スライムたちがやってくれるのか?」
『うん』
「それはありがたいが……」
『やれる』
「「「ぴいぴい!」」」
臣下スライムたちも雪かきできるとアピールしている。
「もちろん、してくれるなら皆助かるが、本当に大丈夫なのか?」
『だいじょうぶ』
確かにスライムたちの発熱能力があれば、雪を溶かすことはできるだろう。
だが、降り積もる雪は大量だし、溶かすことが果たしてできるのだろうか。
「そうだなぁ。絶対に無理はするなよ」
『わかった!』
「「ぴいぴぴぃ!」」
「俺たちも雪かきできるように準備はしておくよ」
「ぴぴい!」
臣下スライムたちとの交流を終えると、俺はピイと一緒にヒッポリアスの家に向かった。
ヒッポリアスの家に入ると、イジェが顔を洗っていた。
「イジェ、おはよう」
「オハヨウ。テオサン、ハヤオキだね」
「ベムベムがお父さんのところに戻りたかったみたいだから送ってきたんだ」
「ソッカー。ベムベムはコドモダカラね」
イジェは顔を洗い終わって顔を拭いている。
イジェはベムベムを子供というが、イジェ自身もまだ子供である。
「イジェも眠っていていいんだよ」
「イツモ、コノグライのジカンに、シゼンとメがサメルから」
「そっか。イジェの村の人たちは早起きだったんだな」
「ソウナノ」
ヒッポリアスの家の中を俺は見回した。
ヒッポリアスは先ほどとほとんど同じ姿勢で眠っていた。
フィオとシロ、子魔狼たちも固まって眠っている。
「ヒッポリアスたちも、昨日はいっぱい動いていたからお疲れかな」
ヒッポリアスも、フィオとシロ、子魔狼たちは、このまま寝かしておいた方が良いだろう。
顔を洗い終わったイジェはヒッポリアスの家の玄関へと向かう。
「イジェはこれから食堂か?」
「ソウ。アサゴハンのジュンビ」
「そうか。なら手伝おう」
「ダイジョウブだよ?」
「いや、どうせ暇だからな」
「アリガト」
「いや、こちらこそ、いつもありがとうだ」
そして、俺はピイを頭の上に乗せたまま、イジェと一緒に食堂兼キッチンへと向かった。
「ロウカ、イイね」
昨日作ったばかりの廊下を歩きながらイジェが言う。
「それならよかった」
「フユにナッタラ、スゴクタスかる」
「雪も降るだろうしな。あ、そういえば、今朝起きたとき、少し肌寒かったんだが、もう秋が近いのか?」
「……カモシレナイ」
「はっきりしないのか?」
「アキにナルジキは、マイトシチガウし」
「それはそうだな。あとで気候学者の先生に聞いてみるか」
「ソレがイイ」
食堂兼キッチンに到着すると、イジェはまっすぐにキッチンへと向かう。
俺はその後ろを付いていった。
キッチンに入ると、イジェは真っ先に甜菜の入った壺を確認する。
甜菜は昨夜、寝る前に水に浸けたのだ。
「つかりぐらいはどうだ?」
「ウン。イイとオモウ」
「確か一日水に浸けるんだよな」
イジェから、新大陸の甜菜から砂糖を作る方法は簡単にだが聞いている。
「ソウ。イチニチとイッテも、ゲンミツではナイけど」
「大体一日でいいのか」
「ウン。このチョウシなら、おヒルぐらいからサギョウにハイッテもイイかも」
「半日ぐらいしか経ってないが、いいのか?」
「ウン。テンサイにもコタイサがあるから」
「そっか、甜菜は自然物だから、当然個体差ぐらいあるよな」
「ウン、アル」
切り方によっても浸かり具合は違うだろう。
なかなか収穫できなかったから、例年と状態が違うというのもあるかもしれなかった。
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