123 飛竜の思い

 悪臭の元を取り除いても、臭いはそう簡単に消えない。

 だが、形のおかげなのか、どこかに向こうへと通じる穴が開いているのか、洞穴の中には空気が流れている。

 そのうち、臭いは消えるだろう。


 洞穴内部を素早く綺麗にしたピイは俺のところに戻ってくる。


「ありがとう。きれいにしてくれて」

 俺はピイを抱き上げる。


「ぴい」

 ピイは嬉しそうにふるふるした。


 俺はピイを抱っこしたまま、少しボアボアから離れた場所に向かう。

 洞穴の中の曲がった部分の入り口寄り、外が見える位置である。


 ボアボアは明るいままでいいとは言ってくれた。

 だが、日の当たらない洞穴に巣を作るぐらいだ。

 恐らくボアボアは暗い方が落ち着くのだと思ったのだ。


 俺は外が見える位置に毛布を敷いて腰を下ろす。


「もう夜だな」

「きゅお」「ぴ」


 ヒッポリアスとピイが俺の膝のうえに乗って、一緒に外を眺める。


「ヒッポリアスもピイも、お疲れさま」

「きゅぅ」「ぴぃ」


 洞穴の外から新鮮な空気が入ってくる。

 こちらには食べ残しが放っていた悪臭も届かない。


 すると、飛竜が奥からこちらに来た。

 そして、俺に寄り添うように、その大きな身体を横たえる。


「がお」

「飛竜も外を見に来たのか」

「がぅお」


 しばらく、飛竜とヒッポリアスとピイと一緒に外を眺める。

 別によい景色というわけでもない。


 洞穴の外は少しだけ広い空間が広がっている。

 だが、その周囲はうっそうとした森なのだ。

 見えるのは木々と夜の空だけ。


「飛竜もジゼラに付き合ってくれてありがとうな」

「がぁ」


 飛竜は俺に会いたかったからと言ってくれている。


「俺も久しぶりに会えてうれしいよ」

「ががぁ」

「だけど、飛竜も忙しいんじゃないか?」


 飛竜は年を経た、竜の中でも立派な竜だ。

 地元では竜たちのリーダー、王なのである。

 最強である竜の王は、魔物の頂点と言ってもいい。

 つまり、地元では魔物たちの王と呼ばれるべき存在なのだ。


「ががあ」

「ふむ。子供が立派に成長したのか」


 飛竜が居なくても、子供たちがしっかりと秩序を守ってくれるらしい。

 だから飛竜は遊ぶ余裕もあるのだ。


「がぁ」

「飛竜だってまだ若い者には負けないだろう。隠居にはまだ早いさ」

「がががぁ?」

「いや、俺は隠居ではないよ。隠居しようとしていたのは間違いないけどな。こちらでのんびり働いているさ」

「がぁ」

「褒めてくれてありがとう。飛竜もどうだ? こっちで一緒に暮らすか? 家なら俺が作るぞ」

「がっがぁ」

「ふむ。そうか。帰るか」


 飛竜は、ここに来たのは旅行のようなものだという。

 別に急いではいないが、地元には帰らないといけないらしい。


「ががっがぁ」

「……それはめでたい。本当に若いんだな」

「がぁ」


 飛竜は照れている。

 近いうちに飛竜のつがいの雌竜が卵を産むのだという。

 近いと言っても、竜基準である。

 数ヶ月後か、数年後か、もしかしたら数十年後かも知れない。


「それなら確かに隠居している場合じゃないな」

「があ」

「ああ、開拓が終わったら、必ず飛竜の住処に遊びに行かせてもらうよ」

「がっが?」

「俺に子供の名前を付けて欲しいのか。……うーん。俺が名を付けると従魔になるぞ?」

「が!」

「構わないって、竜の王の子が従魔だと、舐められないか?」


 飛竜に名前を付けなかったのも、従魔になって舐められることを防ぐ為だ。

 社会性のない魔物たちならば、そういうことはない。

 だが、飛竜たちには人とは、違う形の社会があるのだ。


「ががあがあ」

「そうか。飛竜が気にしなくていいというなら、そうなんだろう」

「があ」

「わかった。飛竜の子が望んだら、名前を付けて従魔にしよう」

「がっががあ」


 飛竜はとても嬉しそうに身体を揺らす。


「ががうがあ」


 飛竜はジゼラに乗せてくれと頼まれたときに、子供が産まれることを俺に教えたくなったのだという。


「そうか。ありがとうな。わざわざ教えに来てくれて」

「があ」


 飛竜は俺の背中に身体を優しく押しつける。

 もたれろと言ってくれているのだ。


「ありがとう」

「があ」 


 俺は飛竜の大きな体にもたれて、ヒッポリアスとピイを抱いて眠りについたのだった。

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