05 テイムスキル

 海カバをテイムできれば、船を曳いてもらえるかもしれない。

 テイムできなくても、意思の疎通ができれば、争いを回避できる可能性が高くなる。

 試みて損はない。


「海カバ。どうしたんだ?」


 テイムスキルを発動しながら、俺は海カバに呼びかける。


 すると、

『……………………?』


 海カバの言語化されていない意思が伝わって来る。

 海カバはこちらに興味を持っているということが俺にはわかった。

 敵意は感じない。さほどお腹もすいていなさそうだ。


 人魔族共通語を解する魔物ならば、呼びかけへの返答で言語化された意思が伝わってくる。

 つまり、海カバは我らの言葉を理解しない魔物ということ。


 それでも、俺はテイムスキルの強度を徐々に上げながら、海カバに語り掛ける。

「俺たちはお前に危害を加えるつもりはないよ」

『……ソッカー』


 こちらの言語を理解しない魔物に言語を理解させ、魔物の意思を言語化する。

 それが俺の「テイム」スキルの真骨頂だ。


 テイムスキルの使い手は他にもいるが、世界でもこれができるのは俺ぐらいだ。

 勇者パーティーの一員というのは伊達ではないのである。


 それにしても、俺たちに害意がないことを教えたのだが、海カバは特に興味はないらしい。

 このあたりで最強だから、怖いもの知らずなのかもしれない。


「お前は俺たちに近づいてきて何がしたいんだ?」

『オモシロソウダカラミニキタ』


 どうやら海カバは好奇心の高い種族のようだ。


「そっか。お前とは仲良くできそうだな」

『ウン』


 ずっとそばで俺の言葉を聞いていただろうが、俺はヴィクトルに改めて報告する。


「海カバは温厚で好奇心旺盛な性格のようだ。興味を持って近づいて来ただけらしい」

「争いは回避できたと考えてよいのですか?」


 ヴィクトルは大きな声で尋ねてくる。

 俺の近くで、俺の言葉を聞いていたヴィクトル自身は状況を把握している。

 だから、これは冒険者たちに聞かせるための問いだ。


「ああ。安心してくれ。争いは回避できた」


 俺はみんなに聞こえるように大きな声で返答した。

 俺とヴィクトルのやりとりを聞いて、冒険者たちもほっとしたようだ。


「テオさん、海カバに聞きたいことがある! 聞いてくれ!」

「ケリー落ち着け、また後でな」


 ケリーをあしらっていると、ヴィクトルが尋ねてくる。


「テオさん。海カバをテイムして、船を曳いて貰ったりとかは可能でしょうか?」

「向こう次第だな」


 テイムには段階がある。

 第一段階は意思の疎通。いま海カバ相手にやっていることだ。


 第二段階は対等な協力関係。

 対価を払って、協力してもらう関係だ。


 第三段階が魔物の従魔化である。

 具体的には魔術回路をつなげて、魔物を支配下に置き、俺の眷属とするということだ。


 第一段階はともかく、第二段階以上に進むには魔物から合意を取り付ける必要がある。

 魔物の意思に反して、強制的にテイムすることは出来ないのだ。


 俺は、右舷側少し離れた海面近くをぐるぐる回っている海カバに向かって呼びかける。


「海カバ。今俺たちは困っていてな」

『きゅぅ?』


 一声鳴くと、海カバは船に一気に近づいて来た。

 右舷すれすれの海面から顔を出して、首をかしげて俺を見つめている。


「はははっははっはっははははっはっ!」


 魔獣学者ケリーが興奮して過呼吸になりかけながらすごい勢いでスケッチしていた。


 そんなケリーを放置して、俺は海カバに事情を説明する。


「風が無くなって、進めなくなってしまったんだ。引っ張ってくれないかな」

『きゅぅ……イイケド……』

「何か欲しいものや、してほしいことはないか?」


 魔物との取引には、必ず対価は必要だ。

 対価は物とは限らない。相互安全保障などもある。


『ウーン。トクニナイケドー』


 海カバは悩んでいるようだったので、俺は魔法の鞄から色々取り出して見せてみる。

 だが、どれもあまり興味はなさそうだ。


 ヴィクトルや他の冒険者の方が俺の仕草に興味津々である。

 テイムに限らず、スキルは固有魔法のようなもの。

 努力でスキルレベルを上げることは出来ても、習得することは出来ない。

 基本的に天性のものなのだ。


 テイムはスキルの中でも珍しいものだ。

 歴戦の冒険者であるヴィクトルも実際にテイムするところを見るのは初めてなのだろう。


 基本的に、テイムとは交渉である。

 冒険者たちの視線を感じながら、俺は海カバと交渉を続ける。


「これはどうだ? お前の好みの味かどうかはわからないが……」

『きゅーん?』


 食べ物を提示してもいまいち反応が悪い。

 餌などは充分自分で獲れているから、必要ないのだろう。


 どれもいまいちな反応で、困っていると、海カバが言う。

『マリョクワケテ』

「魔力か。その場合従魔になるが、いいのか?」


 魔力を分けるには魔力回路をつなげる必要がある。

 そのためには従魔化しなければならない。

 魔物との取引の対価に、名付けと魔力を使うのが従魔化ということも出来る。


 テイム第二段階が一回限りの契約ならば。第三段階の従魔化は永続契約だ。

 そのあたりのことを海カバに丁寧に説明する。


 だが、海カバは

『イイ』

 従魔化に躊躇いはないらしい。


「そうか。ありがとう」

「きゅう」


 魔物の一部には俺の魔力はなぜか人気がある。

 従魔化を希望されるのも初めてではない。

 実は、世界各地にそれなりの数の俺の従魔が、自然の中で暮らしているのだ。


「従魔化するなら、名前も与えないとな。希望はあるか?」

『マカセル』


 任されたので考える。あまり名付けは得意ではないが仕方がない。

 俺は海カバの名前を考えると、右の手のひらに魔力集めて魔法陣を作り出す。

 その魔法陣を海カバの鼻先にかざして、唱える。


「我、テオドール・デュルケームが、汝にヒッポリアスの名と魔力を与え、我が眷属とせん」

『きゅう。ワレヒッポリアス。テオドール・デュルケームノケンゾクナリ』


 海カバ改めヒッポリアスがそう言うと、魔法陣が輝く。

 ヒッポリアスの額に一瞬だけ光の刻印のように魔法陣が転写されて消えた。


 海カバ改めヒッポリアスが眷属化を承諾し、魔法陣を受け入れることで効果が発動するのだ。

 これで眷属化の儀式が終わった。

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