第12話。時雨と約束
日曜日。
今日は
当日になってもボクの気分は下がったままで、あまり乗り気ではなかった。それでも自分から約束を破るつもりもなく、待ち合わせ場所の公園で待つことにした。
どうせ映画を見に行くのなら、そっちで待ち合わせすればよかったのに。わざわざ外を選んだのは姫織の方だった。
「遅い……」
だけど、約束の時間になっても姫織が来ない。
約束を破るような人間とは思わなかったけど、時間が経つほど不快感が大きくなる。噴水の近くにあったベンチで座っていたけど、もう来ないと決めつけて立ち上がった。
「
背後から聞こえた声に振り返る。
「なんだ。お姉か」
茂みの中から
この前、柚子と喧嘩をしたけど、柚子の方は完全に怪我が治っていた。ボクの方は少し痕が残っているくらいで、気にもならない。
「なんでいるわけ?」
「心配だから様子見だよ!」
「余計なお世話。それにもう帰るし」
「せっかくのデートなのに?」
当の本人が来ないのだから仕方ない。
「帰るだけの理由は出来たから」
「うーん。何か相手にも事情があるかもよ?」
「どうでもいい」
ボクは歩き出そうとした。でも、柚子に腕を掴まれて引き止められる。
「時雨。連絡してみなよ」
「めんどくさい」
「お姉ちゃんからの命令」
「……うるさいな」
柚子の腕を振り払った。ポケットからケータイを取り出して、連絡を取る意思があることを見せた。
「じゃあ、私は帰るから」
「車には気をつけなよ」
「そう何度も轢かれたりしないよ」
柚子の姿が見えなくなったところで、ケータイをポケットにしまった。姫織に連絡するフリをして柚子を追い払いたかっただけだ。
柚子との会話を除いても、それなりに待っていた。
「椿綺のところにでも行こうかな」
歩きだそうとしたところで、ボクは腕を掴まれた。
「時雨、ごめんなさい」
振り返れば、姫織が立っていた。
学校の制服とは違って、今日の姫織は私服姿だった。白い服が姫織の存在感を引き立てている気がした。もし、何事も無く姫織が時間通りに来ていたら、その感想くらいは言っていたかもしれない。
「なんで遅れたの?」
「待ち合わせの時間を間違えて……」
「ふーん」
別に寝坊が原因でも怒る気はなかったけど。姫織に気を使うのは、柚子の相手をするよりもめんどくさい。
「まあ、行こうか」
ボクが歩き出すと、姫織が少し離れてついてくる。
ここから映画館までは歩いてもすぐに着く。元々上映の時間になるまで適当に時間を潰す予定だったから、今でも時間には間に合っている。
「あの、時雨……」
「なに?」
「本当にごめんなさい……」
怒っていると思われただろうか。元々、こんな顔なんだけど。初対面の相手からは不機嫌に見えると言われる。
「別にいいけど」
「ありがとう」
姫織が笑顔を見せる。学校で話している時は印象が全然違う。こっちが本当の姫織なのだとしたら異性からはかなりモテそうだと感想が浮かぶほどだ。
ボクは柚子の存在によって、同年代の異性に慣れてしまったのか。普段なら感想すら思い浮かばない。
でも、母親が言ってたっけ。それは姉弟だから慣れているだけで、本当のボクは他人に目を向けないようにしているだけだと。
「姫織。お洒落してる?」
「そうだけど……どこか変かな?」
柚子が余計なことを言ったせいで、これがデートであると改めて意識させられる。姫織の格好なんて、ボクの為にしているわけじゃない。なのにボクは真っ直ぐ姫織の姿を見ることが出来なかった。
「似合ってる」
わざわざ姫織に訊ねたのだから、ボクはちゃんと言葉を返した。それは嘘偽りのない、本音とすら呼べない何でもない言葉だった。
「そっか。嬉しい」
ボクの何でもない言葉で姫織が喜ぶなんて思わなかった。だから、今の言葉は姫織なりに気を使ってくれたんだと勝手に思うことにした。
「
ボクは柑菜を見間違えたりしない。その見た目もそうだけど、独特な雰囲気がある。ただ、今気にするべきはどうして、柑菜が映画館に一人でいるのか。
最近、柑菜はずっと家に引きこもっているから外には出てないと椿綺から聞いた。なのに今は確かに外に出ている。
「あの子がどうしたの?」
「あの子は椿綺の娘だよ」
柑菜に声をかけるか迷った。
別に迷子になってるわけじゃないと思う。柑菜は見た目以上に賢いし、ここは家からそれほど遠いわけでもない。
「ねえ、時雨……」
姫織が腕を掴んできた。
「あの子の体って……」
「あの子は生まれつき腕が無いんだよ」
ボクが言わなくても見ればわかる。柑菜は自分の腕が無いことを隠そうとしていないし、姫織も一目で気づいていた。
「ちょっ、姫織……」
姫織が一人で歩き出して、柑菜に近づいた。
「こんにちは」
ボクが止めるよりも先に姫織が柑菜に声をかけた。
「誰?」
「私は時雨の友達だよ」
遅れてボクが二人に近づくと、ボクに気づいた柑菜が動き出した。柑菜がボクの後ろに隠れて、姫織の様子を伺い始める。
「柑菜。
「ママは仕事」
ならやっぱり、最初から一人なのか。
「えーと、柑菜ちゃん」
姫織が柑菜に優しく接する。
「私の名前は姫織だよ」
姫織は子供が好きなのだろうか。いつもより積極的に見えるし、柑菜と視線の高さに合わせて姫織がしゃがんでいた。
「……姫織は時雨の嫁?」
「柑菜。言い方」
どこでそんな言葉を覚えたのか。
少しだけ、柑菜は柚子と似てる気がする。
「私は時雨の友達。お付き合いはしてないよ」
「ふーん」
意外と柑菜が平気そうだけど。
「柑菜は一人で何してたの?」
「映画見に来た」
この施設には映画館以外にも色々とある。だから柑菜の目的が他にあるのかと考えたけど、どうやら用があったのは映画館みたいだ。
「どの映画?」
「サメの出る映画」
なんて映画を見ようとしているのか。
「あ……」
そんな声を姫織が出した。
「どうしたの?」
「時雨、このチケット……」
姫織にチケットを渡されて確認する。そういえば椿綺から渡されてから、よくタイトルを見てなかったけど海外の映画だと思っていた。
でも、あらためてタイトルを確認すると、椿綺からチケットを譲られた理由がわかった。これはサメの出る映画だ。
「柑菜。椿綺から何か言われてない?」
「映画が見たいなら、ここで待ってるように言われた」
「つまり……」
椿綺がボクにチケットを渡したのは、柑菜に同伴させる為だ。そこにどんな意図があるかわからないけど、ボク達は椿綺の予定通りに行動をしているようだ。
「姫織?」
その時、姫織が少しだけ不機嫌な顔をしていた。
「ちゃんと言ってくれたら、よかったのに」
それは椿綺に向けた言葉だとわかった。
ボクと姫織のちょっとした口喧嘩の原因にもなった椿綺から渡されたチケット。もし、初めから柑菜が一緒に行くと教えられていたら、ボクも簡単に折れていたと思う。
「柑菜?なに?」
柑菜がボクの背中に頭を押し付けてくる。
「わたし、邪魔?」
「ボクは柑菜に一緒に居てほしいよ」
まだ姫織の方が納得してなさそうだけど。柑菜が居てくれた方が変な空気にならなくて済みそうだ。
「時雨って、柑菜ちゃんにはそんな顔するんだ」
「どんな顔?」
「うーん。とっても、優しい顔」
「……気のせいでしょ」
それから映画は三人で見ることになった。最初、柑菜がボクの膝に座ろうとしてきたけど、重いからちゃんと席に座らせた。
映画の内容は思ったより面白くて、最後まで眠らに見ることが出来た。でも、映画の最後に姫織と柑菜が寝ている姿を見て、ボクは自分の感性がおかしいと思ってしまった。
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