第17話 上戸家

 客間に案内されて荷物を置いてから、秀克の部屋に集まっていた。

「空気がきれいだなあ」

「うん。江戸は埃っぽいんだね。知らなかったよ」

「もう慣れたが、確かに着いた頃はそう思っていたな。それから、皆がせかせかしているとも」

「ああ、確かに」

「この地が秀克を育てたのだなあ」

 そんな事を言いながら外を眺めていると、バタバタと足音がして、声が近付いて来た。

「お兄様、お帰りなさい!」

「こら、あいさつは俺からだ!」

「お行儀が悪いですよ。もう――あら」

 子供4人と母親が姿を見せた。

 ばつの悪そうな顔をしたのは、母親と一番年長の子供だった。

「失礼いたしました」

「ああ、気にしないでください。

 私は、も――志村佐之輔と申します」

「私は内田宗二郎と申します」

 先に、にこにことしながら挨拶をする。

「母の園絵です。端から、行克、昌克、菊絵、雪絵。弟達と妹達だ。

 この2人は大事な剣友だ。光三郎と4人で御用を言い遣って一時帰って来たので、失礼のないようにな」

 秀克が言って聞かせると、弟妹らは興味津々という顔をしながらも、大人しく頭を下げて挨拶をした。

「よろしければ、湯殿で旅埃を落とされてさっぱりされてはいかがですか」

「ああ、それがいいだろう。

 佐之輔から行って来るといい――ああ、母上。その、あれだ。佐之輔は、1人がいいのだ。だから、背中を流したりはしなくていい。くれぐれも、頼みます」

 園絵は少し怪訝な顔をしたものの、すぐに、

「はい。では、こちらへ」

と先に立った。

 宗二郎も部屋に戻り、秀克の弟妹らは存分に秀克に甘える事になった。

 行克は17、昌克は15と成人ではあるが、秀克が自慢の頼れる兄である事は間違いない。11の菊絵と8つの雪絵にしても、自慢の兄だ。

「江戸はどんな所?」

「お姫様にお会いした?」

「どんな方が菊絵のお姉さまになるのですか?」

「兄上、江戸のお話を聞かせて下さい!やはり、剣の腕の立つ方が集まっておられるのですか?」

 わいわいとはしゃぐのに返事を返しながら、

(ありのままを知れば、こいつらは何と言うだろうなあ)

と思う秀克だった。


 心尽くしの夕食は、秀克の言っていた通り、山の幸も海の幸も入った豪華なものだった。

 いつもはこんなに贅沢はしないらしい。やはり、秀克が帰って来た事、殿直々に下命を受けた事、祝言が無事に決まって佐奈と対面を果たした事が大きいのだろう。

 食事が済むのを待って、話題は佐奈の事になる。何と言っても、もうすぐここへやって来るのだ。どんな人か、仲良くできるかは、気になって当然だ。

「佐奈様は噂通り、お美しくて聡明でお優しくてお淑やかな方ですか」

 上戸がむせた。

「そ、そうだな。うん。きれいで聡明で優しくて、曲がった事が大嫌いな方だ」

 秀克はさりげなく、最後の1つを抜いた。

「その、大名家の御息女ですよね」

 やや心配そうに行克が訊く。

「明るくてざっくばらんで行動的な方だ。贅沢も好まれぬし、心配ない」

 上戸と宗二郎は心の中で、

(別の心配はあるけどな。行動的というより無鉄砲だし、物は言いようだな)

と思った。

「行克殿も昌克殿も、剣は好まれるのかな?」

 佐之輔が訊くと、2人はにこにことした。

「はい!兄上のようになりたいと日々鍛錬をしております!」

「でも、なかなか上達いたしません」

「時間があれば、一緒に稽古をいたそう。早速明日の朝からだな!」

「はい!」

 上戸はお茶を噴いた。

「大丈夫ですか、父上」

「年をとるとむせやすくなるそうですから、お気を付けになってくださいよ」

 園絵に言われ、上戸は恨みがましい目を秀克達に向け、

「年寄り扱いはいたすな。全く」

と嘆息した。


 翌朝、秀克、佐之輔、宗二郎、行克、昌克は、庭で稽古をしていた。素振りをし、打ち合いへ。

 行克と昌克の型を見てアドバイスを与え、秀克、佐之輔、宗二郎が代わる代わる激しい打ち込み稽古をしているところに上戸が現れ、目をひん剥く。

 しかし次第に技量のほどが分かって来ると、放って置いてもいいかと思ったらしく、止めるのをやめて見学し始めた。

「ほう。ただのじゃじゃ馬ではござらんか」

 呟きに声がかかる。

「あら。馬がどうかなさいまして?」

 園絵だった。

「馬、馬がいると思うてな。何せ盗賊団はどこに出るかわからぬからな」

「そうですわねえ。

 ご報告にと、坂口様がいらしていますよ」

 そこで稽古を切り上げ、報告を聞くために移動した。

 坂口は付近の襲撃場所と日時を残らず調べて来ており、秀克、佐之輔、宗二郎が着替えている間に、簡単な付近の地図にそれを書き込んでいた。

 皆それを見て、唸る。

「こうしてみると一目瞭然だな。だんだんと、近付いておる」

 上戸が忌々しそうに言った。

「犯行は大体、3日から7日おき。ならば、そろそろ次が起こっても不思議ではないですよ」

 宗二郎が言うのに、坂口も頷き、

「場所が……」

と地図を睨みつける。

 それで、皆で地図を睨んだ。

「秀克。街道や山の高低を加えるとどうなる」

「なるほど。佐之輔の考えが当たっているかもしれませんよ、父上」

「うむ」

「比較的大きな街道がこう、地元の者しか通らないようなのがこう。この辺りまで山裾が広がって来ていて」

 言いながら、坂口がさらさらと書き加えて行く。

 すると、傾向が見て取れた。

「山の上から、次の倉を物色しておるな。しかも、運びやすいように、荷車の通れる道沿いを狙っておる」

 喜色を浮かべかけた坂口だが、秀克が難しい顔で続ける。

「そうなると、我が領で候補に挙がるのは5つ」

「分散して張り込むか」

 うきうきとする佐之輔に、坂口が顔を曇らせる。

「それが、どうも大人数な上、かなり荒っぽいようで。分散して人数をあまり絞るのはいかがかと」

「では、減らしてはどうか?」

「ん?佐之輔、それは……ああ、米を別の所に移すのか」

「そう。で、罠を張るのじゃ」

 フッフッフッと楽しそうに笑う佐之輔に、

「成程」

と、秀克も同じように笑う。

 上戸と宗二郎は、背筋がぞくっとした。

「急いで、罠を張る場所の選定と、他の米の移動をしましょう」

 秀克が目を輝かせて地図を覗き込むと、佐之輔はいきいきとして指で色々と辿って確かめる。

「息ピッタリですね、この2人」

 宗二郎が言うと、上戸は頷いて、

「ありがたいが、不安もあるのはなぜだろう」

と溜め息をついた。

 




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