第11話 復讐 02
家に帰ったオレはベッドに横になりながら真部とのやり取りを思い返していた。
あのときは正直胡散臭く思ったが、よくよく考えてみるとある疑問が浮かび上がっていた。
――梓はなぜ事故現場にいたのか?
事故があった場所は、工業地帯みたいなところで、そこに務める人間以外が足を運ぶような場所ではない。つまり梓にとってはほぼ無縁の場所なのだ。
しかも、いなくなったその日に事故が起きたわけではなく、数日の間があるのも疑問だ。姿を消してから事故が起きるまでの間、梓はどこで何をしていたのか……
それに、真部は警察署を前にして事件のことを話すのは嫌だと言った。それってつまり警察には聞かれたくない話ってことだ。
気にならないといえば嘘になる――
その疑問を解消できるのは……
横になりながら、真部にもらった名刺を見つめた。
…………
翌日の正午過ぎ、結局オレは真部情報通信へ行くことにした。
真部情報通信事務所と書かれた扉を開けると、来客を知らせるドアベルが鳴り、真部が迎えてくれた。
「いやぁ、まさかこんなに早く来ていただけるとは思っていませんでしたよ」
と、真部は笑顔で事務所に招き入れてくれた。
事務所事態はそんなに大きくない。言ってしまえば、マンションの一室を事務所として使ってる感じだ。
「ささ、こちらへ」
と、連れてこられたのは応接室。2人掛けのソファがテーブルを挟むようにして置かれており、オレは手前のソファに腰を掛けた。
オレが座るのを見届けてから真部は向かい側に座り、テーブルの上に用意されていたポットと急須を使って、2杯のお茶を用意し、内1つをオレに差し出した。
差し出された湯呑に口をつけて、ほぅと一息ついた。
「早速ですが、あなたのお名前と、亡くなられた方……たしか、梓さんでしたか、その方との関係を教えて下さい」
「え!?」
一瞬、どうして梓の名前を知っているかと驚いたが、真部は昨日オレと父さんの会話を聞いていた、というようなことを言っていたのを思い出して、ああそうかと1人納得する。
「あの、お名前は……?」
真部が、思案に耽っていたオレに催促する。
「ああ、名前だったな。えっと、
そう告げると、真部が珍しいお名前ですねと感心した。これはよくある反応なので別段気にせず続けた。
「梓は――妹です」
取り敢えず嘘をついた。理由はオレと梓の関係を最初から説明するのは面倒くさかったからだ。
梓の実際の年齢は不明だが、普段梓はオレのことを兄さんと呼んでいたから妹とした。
「なるほど、わかりました……」
「じゃあ、昨日の話の続きを――」
オレがそう切り出すと、真部はそれを手で制した。
「本題に入る前に、私の話を聞いていただきたいんです」
そう言って、真部はお茶を1口飲んで、「私は最近まである事件の謎を追っていたんです――」と話を始めた。
――――
その謎を追うことになったのは、今から約半年前に起きた出来事が切っ掛けでした。
半年前のある日、徹夜明けで朝になってから家に帰ったことがあったんです。
夜に帰るといつも妻と娘が出迎えてくれるのですが、徹夜明けということもあってか家には誰もいませんでした。そのときは、妻は買い物で、娘は学校か……くらいにしか思っていなかったんですが、夜になっても2人は帰ってこなかったんです。
おかしいと思った私は、妻の実家や知り合い、娘の学校や友人に連絡を入れてみましたがどれも外れ、娘に至っては学校に行っていないとのことでした。
最初は、私に恨みを持った何者かの犯行かと考えました。
職業柄人の恨みを買う可能性があることは十分に理解していましたし、同業者の中で実際に被害を受けた者がいるという話も聞いていましたからね。ですが、いざ自分がその立場になると、どうしていいかわからなくなっていました。
今思えば、気が動転していたんです。そのせいで、警察に連絡するということをすっかり忘れていたんです。
それから1日経って、ようやく警察に連絡することを思いついたんです。そして、私は捜索願いを出したんです。
ですが不思議なことに、妻と娘が連れ立って何食わぬ顔で家に帰ってきたんです。それは、2人が行方をくらませてから、ちょうど3日目のことでした。
私はすぐさま2人を問いただしました。
一体何があったのか、この3日間どこで何をしていたのか、と。
しかし、2人は私の言っていることがわからないといったふうな態度を取るばかりで、全然会話が成立しませんでした。
そこで、私はある予想をたてました。
――もしかして、2人は記憶を失っているのではないか……と。
その後、妻と娘を説得して検査を受けてもらって……私の予想は当たっていました。2人は記憶障害だと断定されたんです。
そう診断されたあとも2人は特に変わった様子もなく普段通りの生活を送っていました。
ですが、職業病というのでしょうか、私は2人の身に何があったのか気になって気になって仕方がなかったんです。ですから、その謎を突き止めることにしたんです。
持てるすべての力を使って調べた結果何もわからなかったら諦められる――そう思ったんです。
そして、私はひとりの人物にたどり着いたんです。
その人物の名前は、リドル――
このリドルなる人物は、かなりの曲者です。いえ、狂人と言うべきでしょうか。
リドルは、複数の人間を一箇所に集めて、ゲームと称して様々なことをやらせて、それを見て楽しむ。そういったことをする人物なんです。こんな事をもう何年も前からやっています。
もちろん最初は疑いまいした。もしそのような人物が実在するのなら、テレビや新聞で報道されてもおかしくはありませんし、そもそも長年業界にいる私ですら1度も耳にしたことがないのはおかしいんです。
しかし、調査を進めていくと、実際にリドルのゲームに参加させられたことがあるという人物を数名見つけることができ、実際にコンタクトを取ることに成功したんです。
彼らとの話はリドルの存在を証明する裏付けとなりました。
ちなみに、彼らの話を聞いて、なぜリドルのゲームが表に出てこないのかということに、いくつか私なりの見解を出すことができました。
リドルのゲームというのは、内容は様々ですが負けると命を落とすという共通点があります。なので、これまでゲームをクリアすることができた人間が少なければ、当然、リドルゲームの存在を知っている人間も少なくなります。これが1つ目です。
2つ目は、ゲームの内容によっては殺し合いをさせるものがあることもわかっています。その場合、勝者は必然的に人殺しとなります。勝者がゲームの存在を告白することは自分が人殺しであることを告白することになってしまいます。いくら強要されたと言っても、殺人は殺人ですからね、口が固くなるのも十分理解できます。
3つ目、もしかしたらこれが1番の要因かもしれないのですが、リドルは勝者に対して口止め料のようなものを払っているということもわかりました。実際、私がコンタクトを取った人たちもそれを受け取っていました。
後は、記憶障害です。記憶障害が起こる理由はいくつかありますが、その1つに、精神が崩壊しそうなほどショッキングな出来事に直面すると、脳が精神や体を守ろうとして、そのショッキングな出来事を封印してしまうことがあるそうです。
半年前、妻と娘はそのゲームに参加させられ、よほどショッキングなことを体験して記憶障害になったのだと思います。あくまで可能性です。確証はありませんが、私はそう確信しています。
で、それに関して確かな証拠を集めようと奮闘しているさなかに、あの事故が起きました。
妻と娘はその爆発に巻き込まれて命を落としたんです……
――――
話が終わると、真部はお茶をぐいっと飲み干した。
オレは、ただ唖然としていた。
リドルとかいうおかしな人物の存在や、真部の奥さんと娘が亡くなっていたことも驚きだったが、最も衝撃を受けたのは、真部の奥さんと娘が記憶をなくしているという点だ。
彼女らが失った特定の3日間の記憶。それは、奇しくも梓とまったく同じ症状だ。しかも半年前という点まで一致している。
それだと、梓も半年前にリドルのゲームに参加していたということになってしまうが……
このことを真部に話すべきかどうか迷っていると、真部は再び話を始めた。
「楡金さん。私は昨日、爆発が事故ではなく事件だとしたら? と言ったのを覚えてますよね」
「あ、ああ……」
そもそも、それが本題。忘れているはずがない。
「おそらく、今回起きた事故……いえ、事件はリドルの仕業なんだと思います」
「……というのは?」
真部は真っ直ぐにオレを見据える。
「警告ですよ! ……私に対するね。私はリドルに近づきすぎたんです。だから、これ以上詮索するなと言うリドルからのメッセージなんだと思うんです! そして……妻と娘ばかりか無関係の5人までをも巻き込んでしまった……」
真部は申し訳なさそうな顔でオレを見た。
「言ってしまえば私のせいなんです! 楡金さんの妹さんが命を落としたのは!」
言い終わると真部は頭を下げた。
だがオレは、さっきの真部の話で、その推察が間違っている可能性があることはわかっていた。
「実は――」
オレは、行方不明に関してはわからないのでその事には触れず、梓も半年前に記憶がない期間があるということだけを説明した。
「そうだったんですか!」
思わぬ符合に真部は驚きを隠せないでいた。
「はい。だから、今回の事件は真部さんのせいってわけじゃないと思います」
そう言うと、真部は一転して真面目な表情になり、顎ひげを撫でながら考え込んだ。
「なるほど……もしかすると、私の妻と娘、そして楡金さんの妹さんと……もしかするとほかの4人も最初から命を狙われていた可能性があるということですか……」
真部がオレに聞くようにして視線を向ける。
その可能性は十分あり得ると思い頷き返した。
「そうなると、より明確な理由ができましたね」
――理由……?
真部は妙なことを口にした。
「ええ……実はですね、楡金さんをここに来るように誘ったのは、復讐のお手伝いを頼もうと思っていていたんですよ」
「へぇ……。――って、復讐!?」
さらりと言ってのけるので、思わず聞き流しそうになった。
「妻と娘は殺されたんですよ! 悔しいじゃありませんか!? リドルにひと泡吹かせてやりたい。そう思いませんか? 楡金さん!!」
「お、おぅ……」
さっきまでの冷静な態度と打って変わって、感情を露わにした真部に気圧された。
「ですからね、私は決めたんですよ。リドルに復讐しようと……」
真部は両手をテーブルの上に置いて、身を乗り出してくる。
「楡金さん! こんなことを言うのは差し出がましいということは十分承知していますが、復讐のお手伝いをお願いできませんか? あなたにも復讐する理由はあるはずですよね? あっ! 私の復讐は人を殺すようなことは絶対にしません。安心してください。もちろん、今すぐに答えを出せとは言いません。もし協力していただけるなら、週末の午後にもう1度ここに来てくだい。お願いします!」
真部は捲し立てるように言ったあと、深く頭を下げた。
圧倒されていたオレは、頭を上げてくださいとも言えず、ただ黙っていることしかできなかった。真部は顔を上げ、再度お願いしますと頭を下げた。
そんな真部に対して、オレは「考えさせてください」と返事をした。
いきなり過ぎてそうとしか言えなかった。
…………
帰宅後、オレは真部の復讐を手伝うか否かを考えていた。
――最近考えごとしてばっかだな……オレ。
「にしても……」
人を殺さないと言っていたが、一体何をするつもりなんだろうか?
復讐と言うからには相手が必要だ。
誰に? ――当然リドルに決まってる。
だが、真部はリドルの正体や居場所については一切語らなかった。知っていてあえて言わなかった可能性もあるが……
――リドルか……
思えば、オレは真部の話が事実であることを前提に考え事をしていることに気が付いた。別に真部が嘘を言っているとは思はない。そもそも嘘をつくメリットなんてないしな。
だけど、オレは自分なりにリドルに関して調べてみることにした。素人に何ができるってわけでもないが、ネットで検索を掛けることぐらいならできる。
実際に検索を掛けてみると、意外とあっさりリドルに関する記述を見つけることができた。
そこは、不特定多数の人間が匿名で情報のやり取りができる掲示板だった。
書き込みの日付は7年前のものだった。
その人物の書き込みはほとんど相手にされておらず、たまに返信があっても、嘘だの妄想だの厳しく糾弾するものや、罵詈雑言を浴びせるものだった。
罵詈雑言に関してはどうかと思うが、話を信じられないのは仕方のないことだと思った。
オレだって、真部からリドルに関する話を聞いていなければ信じなかっただろう。それくらい非現実的な内容の書き込みだった。
だが、それは事実だ。
梓が参加させられていたゲームの内容がどんなものなのかはわからないが、この書き込みと同じ内容のものだったらと考えると、いい気分はしなかった。
ショッキングな出来事によって記憶が封印された……
ショッキングな出来事って? ――殺し合いか?
じゃあ生きて返ってきた梓は人殺しってことにならねぇか?
あの梓がか?
「クソ――」
嫌な想像を打ち払うように頭を振る。
「寝よう」
煮えきった頭をリセットするには寝るのが一番だ。
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