第13話 君のためのヒーロー

 その後崇範は、美雪と留美には感謝されたが、明彦には複雑そうな顔で礼を言われるのにとどまり、勝には嫌々形だけ礼を言われた。

 そして警察には、延々と説教された。

 まとわりついていたマスコミは、一向に減らなかった。むしろ、増えた。

 クラスの皆は、前よりも打ち解け、同情の目はない。美雪の友人が中心になって、「深海と東風を見守る会」までできており、「別れた」とは言い出せない雰囲気だ。

 だからと言うわけではないが、崇範と美雪は、付き合いを続行する事にした。

 留美公認である。

 それと、あの一部始終がネット中継されていた事もあり、スタントをした仕事から、どれがそうかと突き止められてしまう有様だ。

 これでは、スタントマン失格だ。

「崇範よう。だからって、怪獣を選ばなくても」

 佐原が言う。このところ、崇範は怪獣の着ぐるみの仕事を探していた。

「だって、俳優の代わりにそれのふりをしてアクションするのがスタントマンですよ。宇宙刑事アスクルーも最終回は決まってるし、怪獣しかないでしょう」

 崇範はそう言って、佐原の芋虫怪獣を小さくした子供の芋虫怪獣の、クネクネと前進したり、糸を吐いたりする動きを確認していた。これが今回の崇範のバイトである。

「顔だしすればいいじゃねえか」

「無理ですよ」

「何で」

「……表情とか、セリフとか、これまで無縁だったし……」

 言いながらも、それは言い訳だと自分でわかっていた。

 仮面を外すのは、勇気がいる。マスクやヘルメットがないと、いつもの温和な笑顔以外にはなるのが怖いのだ。

「すぐに皆も飽きて、元通りスタントも再開できますよ」

 佐原は無言で頭をガリガリと掻いた。

 そんなある日、崇範は事務所に呼ばれた。行くと、新見はテレビ局の人と待ち構えていた。

「崇範。今度始まるSFドラマに出ろ」

 台本を寄こしたので、崇範はそれをペラペラとめくってみた。次元事故に巻き込まれて異次元世界に飛ばされた高校生が、他の友好的な異次元人と共に、害をなす異次元からの敵性生物と戦っていく話だった。

「変身ものじゃないんですね。僕はどの怪獣ですか」

 テレビ局員は、

「いや、異次元生物はCGとか機械制御になる予定です」

「じゃあ、スタントですか」

「いえ、スタントは使いません」

 崇範は、新見を見た。

「そういう事だ。篁文の役のテストを受けろ」

「無理です」

「やる前から無理というヤツに育てた覚えはない――と、俺だけじゃなく、雅臣も言うだろうな」

 崇範は、嘆息した。

「どうして皆、そう勧めるんですか」

「できそうだから」

「本人の希望は?」

「崇範。リハビリは終わりだ。お前は人生をずっと、仮面をかぶって生きて行くつもりか」

 真面目な顔で新見に言われ、崇範は動揺する。

「でも、動きはともかく、表情とかセリフは、本当に……」

「大丈夫です。無口で無表情が基本ですので」

 にこにことして、テレビ局員が退路を断つ。

「崇範。お前もそろそろ、人生を進めろ」

 崇範は真剣に考えた。

「わかりました。取り敢えず、テストは頑張ってみます」

 満足そうに新見とテレビ局員がニンマリするのを見ながら、不安と、少しの期待感が沸き起こるのを感じた。


 崇範は美雪と一緒にお弁当を食べている時に、まだ秘密だけどと言ってテストの事を話した。

 美雪は、それを聞いてはしゃいだ。

「まあ、素敵!似合うわ、きっと!」

 崇範は苦笑した。

「どうかなあ。これまでとはまるで違うよ、動き方も。それに何より、顔が出るんだから、顔の作りも重要だし。自信ないなあ」

 美雪は興奮して、グイグイと迫って来る。

「どうして?かっこいいもの!」

「いやあ、それってきっと、助けられたっていうヒーロー補正がかかってるよね」

「それを差し引いてもカッコいいの!さんざんブルーレイを見て研究してきたんだから間違いないわよ!」

「はいはい」

「うふふ。深海君の、新しいヒーロー役が楽しみだわ」

 無邪気に嬉しそうに笑う美雪に、崇範も思い切って言う。

「それでも1番は、僕はいつでも東風さんのヒーローでいたいな」

「――!」

「はい。今日はホワイトデーだから」

 鞄から、用意していた小箱を出して差し出す。

 水色の包装紙に赤いリボン。

「ありがとう!嬉しい。何かしら」

「無線機」

「え?」

「いつでも呼べるように」

「ホントに?」

「冗談だよ」

「驚いたぁ」

 弾けるような笑い声が、2つ重なった。

 季節は確実に、進んで行く。





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