私の龍

ドクソ

私の龍

 私、ウォルヒの住んでいる村の近くの山岳地帯には、龍が沢山生息している。

 この村のしきたりで、二十歳を迎えた男女は龍と契約を交わすことになる。

 契約の儀式は過激だ。

 二十歳を迎えた若者が、山頂の崖から飛び降りる。その落下の最中に助けてくれた龍とパートナーになるというものだ。

 龍は人間の思考を読めると言われていて、助けるに値しない人間はその場で見殺しにされる。

 だけど龍は忠誠に厚く、助けた人間を決して裏切ることはないらしい。

 わたしはそんな契約の儀式なんて、これっぽっちも怖くなかった。幼い頃から勉強をすれば成績優秀、絵を描けば称賛され、運動に関しても、同年代の若者より頭一つ抜きん出ていたからだ。

 何に関しても私は一番で、そうに違いないという自信を持っている。

 そんな私と契約する龍はきっと、一番優れた龍に違いない。教養に長けていて、飛ぶスピードが早く、美しい鱗の色をしているんだろう。

 私はそんなことを妄想しながら伝統衣装の漢服に袖を通していた。

 姿見に写った自分の姿を見て、なんて精悍な美女だろうかと惚れ惚れしてしまう。

 山頂に到着すると私の両親、友達が数人と、龍を祭る司祭様が待っていた。

 私は皆に一礼し、崖の前に立つ。そして司祭様の号令を待った。

 司祭様は厳正な顔つきで、手に持った司教杖を左右に振りながら言った。

「これより契約の儀式を始める、ウォルヒ、そなたは今日より龍と永遠の契りを交わすことになるが、異論はないか?」

 私は右手を胸に当て「当然です司祭様、私はこの日を心待ちにしておりました。やっと私も従えるべき龍と出会える機会を頂き、とても誉高い気持ちでいっぱいです」と言葉を返す。

「よろしい、では崖から飛び、その勇気を示すのだ」

 私が崖を見下ろすと、龍の姿は一匹も見当たらない。

 何か嫌な空気が流れている。

 前に友達の儀式を見た時には、崖の下には数匹の龍が待機していて、龍達は競い合うようにして上昇し、一番スピードの早い龍が飛び降りる友達を背に乗せた。その前に見た従兄弟の契約の時も似たような状況だったのに、何故今はこんなに閑散としているのか。

 なんだか血の気が引いてきた。万が一にでも龍が助けに来なかったら、私の身体は地面に強く叩き付けられ、命があったとしても五体満足ではいられないだろう。

 司祭様もなんだか不安そうにこちらを見つめている、小声で「あれ、おかしいな、いつもはこんなこと無いのにな…」と言っているのが耳に入った。その発言が更に私の不安を煽る。

 両親や友達は「大丈夫大丈夫、ウォルヒなら余裕だよ、だって先月はあの弱虫ハオユーだって、見事に龍に乗ったじゃない!」と言いながら背中を押すジェスチャーをしている。

 そうだ、あの弱虫だって儀式を成し遂げたんだ、村一番の傑物である私が失敗するなんて有り得ない。

 そう自分に言い聞かせながら、私は歩を進める。

 あと一歩踏み出せば落下するという所まで来たが、相変わらず龍の姿は見えない。足がガクガクと震えはじめ、動悸が激しくなり、目に涙が浮かんできた。

 両親に助けを求めようと振り返ると、私の母親が大声をあげて「ウォルヒ!今日の夕飯はお祝いにあなたの大好きなエビチリよー!」なんて呑気に叫んでいる。

 駄目だ、皆期待して待ってる。私だけが儀式から逃げ出したらそれこそ村の笑い者にされ、両親も恥ずかしい想いをすることになる。

 司祭様の方に顔を向けると、尋常じゃなく顔色が悪い。

 今度は私に小声で「たぶん大丈夫だって、俺が司祭になってから儀式に失敗した奴はいないから…」と言っているが、全くもって説得力がない。

 私は自分に言い聞かせる為に大声で叫んだ。

「私は村の傑物、ウォルヒだ!弱虫ハオユーに出来て、私に出来ない訳がないんだ!」

「そうだよウォルヒ、僕に出来て君に出来ないなんてことなんか一度もなかったじゃないか!今日もその凛々しい姿を見せてくれ!」

 私は聞き覚えのある声に振り返ると、龍に乗ったハオユーが登場した。

「大丈夫だよ、もし龍が助けに来なくても、僕とこの龍が君のことを助けてあげるから」

 ハオユーの龍の美しさに色めきだす友達、「まぁ、ハオユーと龍よ、なんて精悍な飛び姿なのかしら」とか「ハオユーって、今お付き合いしている方はいないのかしら、もし良ければ私が…」なんて聞こえてくる。

 さっきまであんた達、ハオユーのこと『弱虫』だってけなしていたじゃない、格好良いのは龍であって、ハオユーではないんだから目を覚ましなさいよね。あいつが飛べたのだって、私が後ろから激励してあげたおかげじゃない。なによ鼻の下伸ばして。

 しかし、ハオユーめ、良い龍に乗れたからってチヤホヤされちゃって。今に見てなさい、私があんたより美しい龍を手に入れて、村の本当の英雄が誰かを教えてあげる。

 しかし高いわね…誰がこんな危険な儀式を考えたんだろう。龍に乗せてほしいなら、最初から口頭で頼めばいいのに、だって龍は頭が良くてこっちの思考も読めるんでしょ?それならここで試す『勇気』ってのも直に会って判断して貰えばいいのに。

 龍に選ばれなくたって、私は十分可愛いし頭も良いから、生きていれば村を切り盛りするのに役立つし、いるだけで有益な人材だと思うの。だからここで飛べようが飛べまいが、関係ないのよ。

 父さんも母さんも、私の花嫁姿を見たいでしょうし、ここで私が死ぬことを望んでいるはずがないわ。そうよ、こんな美人が意味のない儀式で命を落とすなんて、村どころか世界的損失だわ。

 隣にいる新郎はさぞかし格好良いんでしょうね。あれ?なんでここでハオユーの姿が出てくるのよ、私は断じてあんたのことなんか眼中にないんだから、私の想像の中でも勝手に出てくるのはやめなさいよね。

 ハオユーなんかに私は勿体ないわ。私の将来の旦那様はもっと聡明で、品格の高い人が良いのよ。

 きっといつか私の美しさを耳にした世界の盟主達がやってきて、私に結婚を申し込むのよ。でもそんな方々から私を引き離すように、強引に龍の背に乗せて飛び立つ殿方がいるんだわ。

「ウォルヒ、君は僕のものだ、盟主達には申し訳ないが、君だけは他に譲ることが出来ない」

 そんなことを言いながら、私を抱きしめて一緒に月夜を眺めるの。

 美女と龍と月、なんて絵になるのかしら。そして私を連れ去った殿方が振り向いて月光にその顔が照らされると…ってなんでまたハオユーなのよ!お呼びでないってさっきから言ってるのに。

 家が隣近所で、産まれ年も同じだから昔は確かによく遊んだわ。でもハオユーは鈍臭くて、毎日のように皆にからかわれていたわよね。

 そんなハオユーを見兼ねて、私がいじめっこから守ってあげてたのよね。

 年頃になると、女の子に助けてもらうのが恥ずかしいって言って、徐々に私達は違う時間を過ごしはじめた。

 私とハオユーが離れて生活するようになって、もう十年以上経つのね。昔の名残で『弱虫ハオユー』って呼ばれ続けているけれど、いつのまにか私の身長を追い越して体も逞しくなった。もうあの頃の情けないハオユーはいないのね。

 ハオユーが儀式を行う日に、他の友達に紛れて見にいったっけ。

 勇敢に崖に向かって歩を進めるあんたの肩が震えているのを、私は見逃さなかった。

 気づいたら「頑張ってハオユー!」ってあんたの名前を叫んでいたわ。

 振り向いて、私に満面の笑みを見せながら飛んだあの瞬間を私は覚えてる。

「わたしは…あのとき…ハオユーに…」

 その時、父さんが私の背中を押した。

「いいから、早く飛べ」

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 わたしは悲鳴を上げながら落下した。

 物凄い勢いで地面が目の前に迫ってくる。やっぱり龍は一匹も助けに来ない。

 私、このまま死ぬのかな。

 そんなことを考えていると、ある一匹の美しい龍が頭上から飛んできて、その背に私を乗せた。

 助かった…。

 しかし、私を助けた龍にはもう既に誰かが乗っている。それはハオユーだった。

「良かった、なんとか間に合ったね」

 私を強く抱きしめるハオユー、その目には涙が浮かんでいた。私は動悸が収まらなかったが、平静を装ってハオユーに言った。

「なによ、相変わらず弱虫じゃないの」

「ごめんウォルヒ、でも本当に無事で良かった」

 言葉を続けるハオユー。

「でも、なんで龍達は君の事を助けなかったんだろう。僕が思うにウォルヒはこの村で一番優秀なのに…」

 その時ハオユーの龍が悪戯っぽく、にやけながら言葉を発した。

「違うぞハオユー、そこは抱きしめながら、君だけは他に譲ることが出来ないって言うんだ」

「え?え?どういうことだい?」

 私は顔が熱くなってきて、ハオユーと目が合わせられなかった。

「お嬢ちゃん、俺達だって空気ぐらい読むんだぜ」

 そう言いながらハオユーの龍は体を上昇させた。

 雲の上まで出ると、そこには見事な満月が浮かんでいた。

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