第19話 家族3

 夏野とは学校の廊下で別れ、教室に入ると冬白川はすでに登校していた。

 そして相変わらずみんなに囲まれている。

 俺も相変わらずぼつんと孤独に席につく。

 

 だが、今日はいつもと少し違った。


「秋山君、琴乃どうしてる?」

「ああ……よく泣いていたけど、元気だと思うよ」


 なんと、冬白川が俺に話しかけてきたのだ。

 もちろん親衛隊たちはいい顔をしていない。

 いい顔どころか、殺気を含んだ表情をしている。


 俺の席の前に冬白川がいるものだがら、男たちは俺らを取り囲むようにして立っていた。


「…………」


 四面楚歌ってこういう時に使う言葉なんだろうか?

 男たちの視線が痛すぎる。

 まるで狩人に囲まれた獲物のような気分だ。


「今日、お父さんたちとあなたのお家に行かせてもらうね」


 俺の耳元でそう囁いた冬白川。

 彼女の息が耳にかかり、ぞくっとなった。


 あまりの近さに、周囲の殺気は呪いめいたものに変わり、ぶつぶつと男たちのうめき声が聞こえてくる。

 身体全身がぞくぞくっとなった。

 

「わ、分かったよ。ちゃんとお前の妹に伝えておく」


 冷や汗と寒気が半端じゃない。

 これが陽キャというものなのか?

 だとすれば俺は集団生活をする陽キャにならなくてもいい。

 穏やかなまま孤独に陰キャとして過ごしていこう。


 こんな胃がキリキリするような空気の中で、生きていく自信ないわ。


「ねえねえ、琴乃とはどうやって出会ったの?」


 そんな真っ黒なオーラ漂う中心で、冬白川は輝かしい笑顔で話を続ける。

 え? 元の席に戻らないの?


「あいつがナンパされて困ってたから助けたんだよ」

「ふーん。秋山くん、私が困ってても助けてくれる?」

「困ってなくても、冬白川のためならいつでも力になるよ。必要としてくれるならな」


 数少ない知り合いの頼みなら、俺は損得勘定無しで力を貸す。

 あ、冬白川。俺たちもう知り合いでいいんだよね?

 

 そろそろ俺の前から離れてほしいと思っていたのだが、冬白川はなんと前にある椅子をこちら側に向けて、両手で頬杖をついて俺に対座する。

 可愛いっ……

 そして近い。


「うれしっ。ありがとう」


 ニコッと笑う冬白川は太陽のように眩しかった。


 そして辺りの奴らは闇夜のようにどす黒い。

 冬白川からは見えないように、俺に『消えろ』や『殺すぞ』など口パクやジェスチャーで伝えてくる。


 お願いだ冬白川。

 もう俺を解放してくれ。

 妹のことなら後でも話できるだろ?

 なんでここに滞在するんだよっ!


 しかし冬白川はこの空気を感じることができないのか?

 外側から見てる人たちは引いてるよ。

 怖がってるよ。

 ねえ、なんで気づかないの。

 冬白川ぁ。

 お前と話をするのは楽しいけど、もう漏らしそうだよぉ。


「あ、もしかして琴乃助けた時に、夏野さんに懐かれたのかな?」

「懐かれたというか……被害にあっているというほうが正しいような気もするけど……まぁそうかな」

「やっぱりそうなんだ。だってあの子が家出した次の日の話だったもんね」


 その後も、チャイムが鳴るまで天国と地獄は続いた。


 授業中も男たちの刺さるような視線を受け、命の危険をひしひしと感じていた。

 やっぱりあいつと学校で話をするもんじゃないな。

 

 そんな風に考えていた俺であったが、冬白川はその後、休み時間の度に俺に話しかけてきた。

 なんで?


 当然の如く、男たちも黙って俺の周囲にいる。

 もう途中から開き直った俺は、冬白川と楽しく会話をすることにした。

 すると冬白川と触れ合えないからか、泣き出す男がちらほらいた。

 他には吐き出す者や奇声を上げる者もいる。

 なんだこの空間?

 カオスにもほどがあるだろ。


 いつもより疲れる学校の時間も終わり、俺はさっさと帰宅することにした。

 冬白川はさすがに一緒に帰ろうなどと言い出すことはせず、教室を去ろうとする。

 だが、扉の前で振り返り、


「じゃあ秋山くん。また後で」


 そして笑顔で教室を後にし扉をピシャッと閉じた。

 次の瞬間――


 パリンッ!

 

 俺は咄嗟に教室の窓から飛び降りた。

 ここ、3階だよ3階。

 でも殺されるような確信めいたものがあったので迷わず飛ぶことができた。

 奇跡的に怪我も無く教室を見上げると、喚いてこちらを見下ろす男たちの姿が目に入る。

 冬白川と学校で会話をするのは命がいくつあっても足りないぞ……

 というか、明日から学校どうするかな……


 とにかくもう絶対陽キャとは友達にならん。

 俺は運動部もまだいないグラウンドの中でそう誓った。




 ◇◇◇◇◇◇◇




「そんなの、片っ端から潰していけばいいじゃん」


 帰宅後、命の危険があったことを母親らに伝えると、母親はそんなことを口走った。


「あんたなら余裕でしょ? おとうちゃんと私が喧嘩殺法仕込んだんだから」

「多勢に無勢だ。さすがに数には勝てないって」

「それなら夜に一人ずつ倒していけば――」

「その暴力的な思考はやめろ。俺は喧嘩なんてするつもりないの」

「でも、琴ちゃん助ける時は喧嘩したんでしょ?」


 あの時の事を思い出してか、冬白川はポッと赤くなる。

 かわいっ。


「あれは致し方なくだ。とにかく喧嘩はしないの」

「でも、お姉ちゃんってやっぱり人気なんだね……」

「冬白川も人気だったんじゃないの?」


 間髪入れず両手を振って大慌てで否定する冬白川。


「わ、私人気なんてなかったよっ。中学の頃の同級生はみんなお姉ちゃんが好きだったみたいだし、高校はあんまり行ってないから……」


 話している間にズーンと沈む冬白川。

 しかしこいつがモテなかったって、逆に奇跡じゃないか?

 外を歩くだけで周りがザワつくし、それに遊園地の時はお前目当てのナンパの列ができてただろ。

 それがなんでモテなかったのか不思議でならないよ。

 多分、冬白川自身が気づいてないだけのような気がする。


「ゆ、勇児くんはモテたでしょ?」

「お、俺?」


 急に大爆笑する母親と、笑いを堪える桜。

 そこの二人。

 失礼極まりないぞ。

 そんなわけないと思ってるんだろうが笑うなっ。

 俺が傷ついてもいいのか。


「勇児がモテるわけないじゃんっ! 友達の一人もいないってのに」

「そ、それは、周りの人たちの見る目がないんですっ! 勇児くんは、カッコいいし優しいもん!」


 冬白川は珍しく母親に反論する。

 なんか嬉しいけど恥ずかしい……

 そんないい男かね、俺は。


 と、そこで俺は姉の方の冬白川の言っていたことを思い出した。


「あ、そう言えば今日お前のお父さんたちが来るって言ってたぞ」

「ええっ……?」


 先ほどまでの明るい表情を失い、急に暗く青い顔色になる冬白川。

 まぁ会いたくはないだろうなぁ……

 でも現実問題、このままでいいわけもないし。

 ちゃんと話し合いをしなきゃいけないと思う。


「琴ちゃんには私がついてるから大丈夫っ。安心してていいからね」

「お母さん」


 ちょっと暴力的思考はいただけないが、頼りがいのある母親。

 冬白川から見たら、救世主みたいな存在なんだろうな。

 もう頼り切って、信頼し切っている表情をしている。


「冬白川。今後どうするにしても、話だけはしておかないといけないだろ。かあちゃんも……俺もいるから。なっ」

「……うん」


 どうやら会う決心がついたようだ。

 不安は満載といった顔はしているが避けようとは考えていない様子。


 しかし、冬白川が家出したくなるぐらいってどんな人たちなんだよ。

 特に彼女のお母さん。

 聞いている話だけで言えば、鬼嫁みたいなイメージがある。

 父親は話にも出てきていないから見当もつかない。


 晩御飯を食べ終え、母親はテレビを見てくつろぎ、桜は本を読んでいる。

 俺と冬白川は、緊張をしていた。

 桜はともかく、母親はなぜこんなにのんびりとしていられるのだろうか。


「かあちゃんって、あんまり緊張とかしないの?」

「うん? 緊張……しないなぁ」

「なんで?」

「まぁ色々修羅場くぐってきたからねぇ。ビビってる間にぶっ殺されるなんて、日常茶飯事だったから」


 やはりこの人の人生経験は特殊だった。

 全然参考にならん。

 俺がこれから歩んでいく人生の糧にできるような話ではなかった。


 その時である。

 ピンポーンとチャイムの音が鳴った。

 ビクッと跳ねる冬白川。


「はーい」


 母親は玄関で来訪者を招き入れているようだ。


「桜。お前は自分の部屋に行ったほうがいいんじゃないか?」

「うん。そうする」


 桜は一瞬こちらに視線を向け、自室に入って行った。

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