第11話 幸せの味3

 殺意を秘めた母親の見送りで家を後にし、駅までの道のりをポカポカ陽気の中歩いて行く。

 駅に到着すると休みの日だけあって、そこそこ多くの人がいた。

 今までだったら楽しそうにしてた人たちを意味も無く恨めしく思っていたが、最近の俺は違う。

 だって最高級に可愛い女の子と、俺はお出かけするのだから。

 だからもう君たちのことが羨ましくなんてないのだよ。

 逆にあれだな。羨ましがられる側だろうな、俺。


 天下の冬白川と出かけるのだから。

 学校一の人気者であり、絶世の美女であるあの冬白川と出かけるのだから。


 今すぐ大声で叫びたい気分だ。「冬白川とデートしますっ!」と。

 でも俺は常識をわきまえている男だ。

 そんな無粋なことはしない。


 ただ紳士的に、高みの見物をするだけだ。

 俺はいい女を連れて歩くんだぜってね。

 うん。なんて小さな男なんだ。

 紳士ならそんなことしない。


 それから冬白川を待つこと20分。

 そういや集合時間は決めてなかった。

 女の子は準備に時間がかかると言うし、ここは黙って待つことにしよう。

 それでこそ、本物の紳士と言うものだ。


 しかし、なんだか緊張してきた。

 デートだぞ、デート。

 初デートなんだぞ。

 それも相手は冬白川だ。


 意識しだしたら緊張のあまり、ガタガタ体が震えはじめた。

 手汗が凄いし、喉が異様に乾く。

 あ、あかん……こんな状態で冬白川が来たら……


「お待たせ」


 天使……

 天使が来た。


 冬白川は、清楚な白いワンピースの上から薄い色のデニムジャケットを着ている。

 母親の適当なジャージ姿でも可愛いのに、これは強力過ぎる。

 圧倒的美少女。

 圧倒的天使。

 え? マジでこの子と今からデート行くの?


 周囲にいる人たちも、男女問わず大騒ぎしていた。

 芸能人かモデルか天使かと勘違いしているようで、スマホで写真を撮っている人がちらほらと。

 分かる。撮りたい気持ちはよく分かる。

 そして君たちのもう一つの疑問、何でこんな子がこんな男と?

 どうせそう思ってんでしょう?

 俺だってそう思ってるもん。


「あの……似合わない……かな?」


 指で髪を耳にかけながら、不安げに聞いてくる冬白川。


「いやいやいやいや! 似合ってる! 似合い過ぎて言葉を失ってたんだよっ」

「……もう。ほめ過ぎだよ」


 冬白川の照れる表情。

 そして『もう』の言い方。

 可愛すぎだろ。

 可愛すぎて胸がキュンキュンする。

 デートに行く前に満足しました。


 俺がデレた顔でポケッと突っ立っていると、冬白川は俺の手を引っ張って歩き出した。


「行こ」


 手を引っ張るのはいいが……

 彼女は指の間に指を絡めるという、かの有名な恋人繋ぎを決行してきた。

 柔らかい……

 なんか左手だけ体温が急上昇したような気がする。

 あ、手汗……大丈夫かな?

 気持ち悪がられないだろうか?


「て、手汗、気になったら言ってね」

「勇児くんは……気にならない?」


 冬白川の手汗のことを言っているのだろうか。

 そんなの気になるわけないだろ。

 

「俺は大丈夫。全然問題ないよ」

「私は問題あり……かな」

「ええっ!?」


 やっぱり気持ち悪いのか……

 分かっちゃいたけど、ちょっとへこむな。


「そ、そんなに大きな問題なんですか?」

「うん。大問題。だって嬉しすぎて、心臓が持たないかもっ」


 なんだそりゃ。

 赤面させた顔ではにかんで。

 やっぱお前天使だろ。

 愛くるしすぎんだよっ。



 

 ◇◇◇◇◇◇◇



 遊園地に到着し、園内に入るなり冬白川は感激の声を上げていた。


「わー……遊園地だね」

「ああ。遊園地だな」


 着いただけでこんなに喜んでくれたら、連れて来た甲斐があったというものだ。

 チケットありがとな、かあちゃん。


「冬白川、何に乗りたい?」

「私、メリーゴーランドに乗りたいな」


 なんとオーソドックスな。

 定番中の定番メリーゴーランドを選ぶとは。


「よし。じゃあメリーゴーランドに乗りに行こう」


 俺は手を引っ張るように歩き出し、一直線にメリーゴーランドへ向かった。

 乗り場にはあまり人が並んでいなかったので、すぐに乗ることができ、キラキラした笑顔で馬に横乗りする冬白川。

 もうその表情が、どんなアトラクションよりもサプライズ。


 手を放すのは少し寂しいが、ほんのひとときのことだ。

 我慢しよう。


 俺も隣の馬に跨り少しすると、楽し気な音楽と共にメリーゴーランドは回り出した。


「勇児くーん」


 冬白川が笑顔で手を振るものだから、俺も笑顔で手を振り返した。

 メリーゴーランドなんて乗った事ないけど、こんなに楽しい乗り物だったのか……

 もしかして友達と乗っても楽しいのかな?

 俺には知る術が無い話だが。


 冬白川は童心に戻ったようにキャッキャッ騒いでいる。

 俺も童心に戻りたかったが、その楽しそうな笑顔に釘付けにされそれどころではなかった。


 その後も冬白川は次々とアトラクションに乗ろうと提案してきたので、俺は素直に従った。


 ぐるぐる回るブランコ。

 360℃回転する海賊船。

 大量の水しぶきを上げる急流すべり。

 そして種類の違うジェットコースターが3つ。


 目が回るような速さでアトラクションを楽しんだ。


「楽しいねぇ。私、遊園地には何回か来た事あるけど、こんなに楽しいなんて思えたの初めて」


 冬白川と恋人繋ぎをしながら、休憩できる場所を探していた。

 さすがにちょっと休まないと体力がもたない。


「俺もだよ。かあちゃんと桜と来た事あるけど、あいつ本読んでばっかで遊ばなくてさ。かあちゃんは桜にべったりで、一人で何かに乗るのは恥ずかしかったから、園内のゲームセンターで適当に遊んでたよ」


 なんて寂しい記憶しかないのだ。

 俺だってみんなときゃーきゃー言いながら遊びたい人生だったわ。


「私も家族と来たことあるけど……全然楽しくなかった。でも、メリーゴーランドだけは、違ったの」

「何で?」

「親の目が無かったからかな。メリーゴーランドに乗った時だけ親がいなくて、解放された気分だったから」

「…………」


 親と仲悪いのかな?

 でもそもそもが家出したって話だし、そうなんだろう。

 あまり話したくない話題のようだし、冬白川が自分から話してくれるのを待とう。

 だからここはあえてスルーする。


「あの席で待っててくれよ。俺食べる物買ってくるからさ。冬白川は何食べたい?」


 ちょうど座れる場所があったため、俺は席を指しそう聞いた。


「勇児くんと一緒のでいいよ」

「分かった。じゃあ買って来る」


 俺は売店に並び、見えるメニューから買いたい物を思案した。

 こんな場所のやつってあんまり美味しいイメージないけどどうなんだろう。

 食に興味がある俺としては、外で食べるならできるだけちゃんとした店には行きたいのだが。

 他には特に趣味が無いのでこだわりたい部分ではあるが、場所が場所だもんな。

 遊園地内ではどこも似たようなもんだろ。


 結局、適当に食べやすそうなハンバーガーとジュースを購入した。

 俺はそれを持って冬白川の下へと戻ろうとした……のだが。

 

 来る途中には無かった、人の行列ができていた。

 何だこれ?

 アトラクションがあるわけでもない、マスコットキャラがいるわけでもない。

 ただの飲食が可能な席に人だかりができているのだ。


 いったい何があるんだろ。


「あの、俺とデートしませんか?」

「えっ……あの、ごめんなさい」


 って冬白川かよっ!?


 行列の正体は、冬白川をナンパしようと順番待ちしている男たちのようだった。

 いったい何人並んでんだよっ。

 それに怒ってる女子がちらほらといる。

 お前ら彼女放っておいて冬白川ナンパしてんのかよ。


「お待たせ」

「あ、勇児くん」


 冬白川は困っている様子だったのですぐさま助けに入る。


「んだよ、彼氏持ちかよ」「羨ましいなぁ」


 男たちは羨ましそうに、または悔しそうに俺の顔を見ながら散って行く。

 これだけの美少女を連れてたらそりゃ羨ましいでしょうね。

 なんだか鼻が高い。


「なんであんな陰キャが」


 さっそく鼻を折られました。

 分かってるけどそういうことは言わないでいただきたい。

 だって俺は打たれ弱いから。


 冬白川とハンバーガを食べ終えた後、最後に観覧車に乗りたいと言う彼女の要望に応えるよう観覧車に向かった。


「勇児くんは観覧車は乗ったことあるの?」

「うん無いな」

「わぁ。じゃあお互い初めて同士だね。嬉しぃ」


 ワクワクしながら照れている冬白川の表情に俺は見惚れた。

 嬉しいのはこちらの方だ。

 なんでそんなどうでもいいことで喜んでくれるんだよ。

 こんな顔みたら、もっと喜ばせてあげたいと思う。

 俺は彼女のために何ができるだろうか。


 観覧車に乗り席に着くと、冬白川は俺の隣に座った。


「…………」


 前じゃないんだ。

 こんな密室で密着して……って、親密な関係なら当たり前なのか?

 情報不足だ。

 これが当然なのかどうかも分からない。

 ただ一つ言えることは、今日一番緊張しているということ。

 手もずっと握ったままだし、なんだこの幸せ空間は。

 

 ゆったりとした動きで上がって行く観覧車。

 頂上付近はまるで高い山のように上昇したかのように思えた。

 そこから見える景色は壮大で、世界の全てを見渡せるんじゃないかと錯覚するぐらい遥か彼方を展望することができる。


 ああ。

 なんか世界がキラキラ輝いていて幸せで……

 ずっとこうしていたいな。


 俺はその景色と冬白川に見惚れていて、何も言葉を発せなくなっていた。

 冬白川もなにやらうっとりした表情で景色を眺めている。

 すると彼女は、俺の肩に頭を預けてきた。


「…………」


 冬白川。

 お前は何回今日一番の緊張を更新したら気が済むんだ。

 心臓の音がうるさいぐらいに聞こえる。

 握られた手が震えている。

 あまりの緊張に思考が停止する。


 え?

 こっからどうすればいいの?

 ここから飛び降りればいいの?

 

 ダメだ。

 俺の頭がおかしくなっていく。


「勇児くんって、夢はある?」

「ゆゆゆ、夢ですかぁ!?」


 声が裏返った。

 カッコ悪い。ダサい。情けない。


 とにかく深呼吸しよう。

 そして冷静になれ、俺。

 ここはできるだけ余裕を見せておけ。

 あるのか分からない男の尊厳を失わないために。


「俺、料理が好きだから、イタリアに行って本場の料理を学びたいって思っててさ」

「イタリア……外国に行きたいんだ」

「でも、家族のこともあるし、お金だって無いしな……あまり現実的ではないかも」


 嘘偽りの無い俺の夢。

 

「お母さんには相談したことあるの?」

「相談……したら行けって言うだろうなぁ。だから言えない。負担かけたくないし、桜のこともあるし」

「やっぱり優しいんだね。勇児くん」

「現実的なだけさ」

「ううん。優しいよ、勇児くんは。だって私のこと助けてくれたもん」

「ふ、冬白川は夢はあるの?」


 褒められると照れるので逆に話を振ってやった。

 あんまり褒められ慣れてないんだよね。


「夢……というより、願いはあるかな」


 そう言って冬白川は、俺と繋いでいる方の手をそのまま持ち上げ、青いミサンガを見せてくれる。


「ああ、ミサンガ。願い事を込めるんだっけ?」

「うん。私の願い事……叶うといいんだけどな」


 寂しいような、願いを望むような。

 そんな目で冬白川は、何も言わずにミサンガを眺めていた。

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