ぼっちの俺は正夢をよく見るのだが、そんな俺がありえないレベルの美少女が嫁になっている夢を見たら本当に美少女が嫁にきた。
大田 明
第1話 可愛いあの子が嫁にきた1
俺はよく正夢を見る。
そして今日も夢を見た。
それは――
ありえないレベルの美少女が俺の嫁になっている夢だった。
◇◇◇◇◇◇◇
こっそりと春が訪れたばかりでまだ肌寒い朝。
燦々と輝く太陽が顔を出し始める頃、俺は弁当を作り朝食を用意していた。
弁当は俺の分と母親の分。
ウインナーを炒めて卵焼きを焼いて、ご飯を盛ったら中央に梅干しを乗せて。
内容はこれぞ日本の弁当代表といったものが出来上がった。
俺は料理が好きだが弁当はほどほどにしておくことにしている。
手を込んで作るのはもちろんいいのだが、弁当というのはこうシンプルな物が一番美味しい物なのだ。
俺はそう思う。
みんなもそう思うだろ?
「
「おはよう、かあちゃん」
気怠そうにいつも着ている赤いジャージ姿で登場した、品の無い金色に染めたボサボサ頭。
左手の薬指には赤いルビーの指輪をしている。
彼女いわく、情熱カラーの愛の印らしいが、どうでもいい。
この人は俺の母親の
見た目の年齢はまだまだ二十代前半で通るぐらい若い。
そして美人なようだ。
これが外を歩いていてもなかなかの評判で俺も鼻が高い。
この間だって何人かの男が『あの子可愛いな。それに簡単に落とせそうじゃね?』とか言ってるのを聞いたことがある。
いや、それ軽い女って思われてることだよね。
ダメじゃん。
「ねえねえ、私タコさんウインナーじゃないとヤダよ~」
「はいはい。分かってますよ」
この女、外見は若いが中身の年齢は十歳未満で通るぐらい子供っぽい。
昨日は妹と一緒に子供番組見ながら、一人で番組と同じ踊りを踊っていたし、その後妹に無視されてやさぐれていたし。
「おはよう」
「おはよう
「おっはよー! 桜ちゅわーん!!」
「…………」
妹の桜に無視されて、母親は泣きそうになっていた。
「お兄ちゃん、私は牛乳を所望します」
「はいはい」
冷蔵庫から牛乳を取り出し、桜のコップに注いで出してあげる。
ついでに焼き立てのパンケーキもお皿に乗せて机に置く。
「……私はみたらし団子も所望します」
「材料が切れてて今日は作れないんだ」
「無いならなんで買っておかないの?」
「無くなったのは昨日の夜だ。なんでもう寝ようかって時にわざわざみたらしの材料買いに走らなきゃいけないんだよ」
「桜ちゃんが望むのならぱしるのが男ってもんだろうがっ!」
「頼むからかあちゃんは黙っててくれ」
「いいや。家族の問題だからね。私は口を出すよ」
「こんなどうでもいいノミぐらい小さな問題に口を出すな」
「どうでもいくない。桜ちゃんの問題は宇宙で一番大事なことだ」
「あんたは一回、宇宙空間で頭冷やしてこい」
妹の桜。
俺と同じで髪の色素の薄く、茶色に染めているとよく間違われているらしい。
その髪を三つ編みのポニーテールにして、なぜかそのポニーテールを母親の『現役時代』の鉢巻で結うという理解しにくいことをしている。
感情の抑揚が少なく、真顔でいることが多い。
俺にはそれなりに笑顔を見せるが、逆に母親には冷たく、冷めた顔をしている。
そんな娘の反応にめげずに母親は後ろから抱きついてウザがられていた。
「勇児~。桜たんが冷たいよぉ~」
「そんなことばっかするからだろ。少しは子離れしたら?」
「アホ! 私は一生子離れなんてしないかんね! 死後だって桜ちゃんと一緒にいるしっ!」
「憑りついてまで一緒にいようとするんじゃない! 生前だけで我慢しろ!」
嘆息する俺に母親はふと思い出したような顔をし、ポンと手を叩く。
「ああそうだ、息子」
「なんだ、かあちゃん?」
「今日ね、ありえないレベルの美少女があんたの嫁にきてる夢見た」
「……マジ?」
俺は正夢をよく見る。
そして夢が正夢になる条件というか、法則というものがあった。
それは俺と母親が同じ日に同じ夢を見るということ。
数え始めてからの的中率は100%。
外れたためしは一度もない。
俺も今日、美少女が嫁にくる夢を見た。
それと同じ夢を母親が見た。
同じ日に、同じ内容を。
的中率は100%。
だけど。
「俺も今日同じ夢を見たよ」
「マジ?」
母親はパンケーキを口に運びながら一瞬思案顔をする。
が、
「あんたにあのレベルの女はないだろうねぇ~」
「息子を信じる心はどこに忘れてきたんだよ?」
「んん~。忘れるというか、最初からないな」
「そうですか」
「ま、今回はさすがに外れるっしょ。あんな美人、見たことないし」
笑顔で否定しやがった。
いやまぁ、俺もありえないと思っているんだけどさ。
ありえないよなぁ……
あの子が俺の嫁にくるなんてさ。
「おい桜。ご飯食べながら本を読むな。食べるか読むかどっちかにしろ」
「……食べる」
いつの間にか本を読んでいた桜はパタンと本を閉じてパンケーキを食べ始めた。
朝食をすまして洗い物をして、時計を見るともう家を出る時間だった。
「じゃあ桜ちゃん、お母さんお仕事に行ってくるね」
「ほどほどに頑張って」
髪を整えて玄関から桜に投げキッスをする母親。
飛んできたキスを掴んでゴミ箱に捨てる桜。
その姿を見て泣きながら玄関を出る母親。
「行ってきまーす……」
「行ってらっしゃい」
悲しそうな目でこっちみるな。
毎日毎日ルーティーンみたいにやるからもう見飽きたわ。
「じゃあ俺も行って来る。学校行く時、ちゃんと鍵閉めてな」
「分かってる。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
玄関から出てエレベーターに乗りマンションを出る。
現在、俺は妹と母親の三人でこのマンションで生活をしている。
父親は妹が生まれてくる数日前に事故で亡くなった。
それ以来、母親が仕事に出て俺が家事を担当している。
料理も好きだし不服も不満もないが、少しの時間でも妹を一人にすることだけが一抹の不安を抱いてしまう。
こればかりは仕方がないが、父親がいればなぁ。
なんて考えたり考えなかったり。
慣れた道を歩き、慣れた電車に乗り、また慣れた道を歩いて学校へと到着する。
慣れた学校で、いつまでも慣れない人たちの隙間を縫うように、自分の教室へと歩いて行く。
ガラガラと扉を開いても誰も俺の方を見向きもしない。
もう当たり前の反応すぎてなんとも思わないまま席につく。
俺には友達がいない。
それは今に始まったことではない。
なんで俺に友達ができないのか。
思えば昔から母親は子供じみた騒ぎ方をするものだから、絶対にああなるものかと外では大人しくすることにした。
功をなしたのか、『大人しくていい子』と先生にはよく褒められたものだ。
そしてそのまま継続して大人しい生徒を演じ続け中学になった頃。
『大人しい』という言葉は、マウントを取りたい少数の人間によって変化をし始めた。
不名誉なレッテル。
特に学校におけるヒエラルキー、スクールカーストを左右する二つの種族のうちの一括りに分類された。
そう、陰キャだ。
先生が褒めてくれた大人しくていい子は、いつの間にか暗い印象しか与えない陰キャに変貌してしまっていた。
先生、なんでこうなっちゃったの?
その時は特にそんな言葉は気にしていなかった。
しかし人というのはルールに縛られる生き物なのだ。
特に学生なんてものは、人と違うことをすれば後ろ指を指され叩かれる。
叩かれるのが怖くて人と違うことができない。
陽キャに分類される人間は、陰キャと話をしてはいけない。
陰キャと話をするのは恥なのだ。
何が恥なのかは分からない。
しかし、学校にはそんな雰囲気が流れていた。
恐ろしいほどに流れていた。
小学校の頃にはそこそこ仲良くしてくれた陽キャの子たちは、いつしか俺を相手にしてくれなくなっていたのだ。
だが俺はそこでまた気にしていなかった。
だったら陰キャは陰キャ同士で仲良くすればいい。
安直にそんな考え方をしていた。
そしてそんな考え方が間違っていたのだ。
元々『大人しい』を演じていただけの俺は、本当に大人しい子から見たらどうも嘘くさく感じたらしく、陰キャと呼ばれる人々からも孤立していくことになる。
そのことに気づいた頃には時すでに遅し。
陽キャの方々からも、陰キャの皆様からも完全に孤立してしまっていた。
この時はさすがに家で泣いたね。
そして誰とも話さない中学生活が始まり、寂しい時期を過ごしました。
一番辛かったのは、卒業式の後、家族で焼肉を食べに行ったら俺を除いたクラスメイト全員と鉢合わせしたことだ。
この時はさすがに号泣したね。
気を使った妹が、ドリンクバーでコーラと野菜ジュースをミックスして入れてきてくれことが印象深く残っている。
あれはマズかったなぁ。
高校に上がり、そろそろ大人しいキャラを演じるのを止めようと思い、高校デビューを試みるも学校での大人しいキャラ生活が長すぎたのか、癖が抜けきらず結局陰キャラのままで気が付けばもう高校3年生。
3年もあればある程度の友達ができるはずなのだが、俺には友達の『と』の字どころか、その前の『て』の字も見えやしない。
要するに友達以前の問題だ。
どうやって学校で人と会話すればいいの?
そんなことも分からなくなってしまった俺は物言わぬ物置となり、自席につくだけの存在に変わり果ててしまった。
今日も今日とて物置となり俺は窓の外を見る。
人と話すわけでもなく、他に何かすることがあるわけでもない。
誰にもおかしく思われないように時間が過ぎるのを待つのは、景色を眺めるぐらいしかないのだ。
今日の晩御飯はどうしよう。
桜のみたらし団子の材料買わなきゃな。
なんてことを考えながら無駄な時間を過ごす。
そんなことを思案していると、教室が急にザワッと騒がしくなった。
ある女生徒が教室に足を踏み入れたのだ。
俺の心臓が時間と共に一瞬止まる。
神々しささえも感じる艶のある長い黒髪。
大きな瞳に、控えめな桃色の唇。
神の造形ともいえるぐらい完璧な美しい体つき。
そんじょそこらの美少女じゃない。
2000年ぐらいに一人の美少女。
世界を揺るがすほどの圧倒的美少女。
彼女の名前は、
3年の、いや校内の、いや日本で一番美しい女子ではなかろうか。
それぐらい飛び抜けた容姿の持ち主。
性格もよく、頼まれごとをされても嫌な顔を一つもしない、誰に対しても平等に接する聖女のように優しい人。
勉強はできすぎるぐらいできてどの大学でも問題なく合格できるほどのようだし、スポーツもできて万能美少女高校生の称号をほしいままにしている。
この学校の9割の男子が彼女に恋をしていて、そのうちの8割の人間でファンクラブが結成され、さらにそのうちの1割の人間で親衛隊なるものが組織されているとか。
この親衛隊というのがまた陽キャ代表ともいえる男たちが作ったのでたちが悪い。
他の男子は彼女と話すことを許されず、彼女に近づくことも禁忌とされている。
そのくせ、自分たちは彼女と楽しそうに会話をしているという、ま、面倒くさいグループだ。
そして俺も、そんな彼女に恋をする男の一人だったりする。
ファンクラブに入っていない、2割の人間だけど。
話すこともなく、ただ眺めているだけの存在。
別に俺が彼女と仲良くなれるとも思っていないしそれはそれでいい。
ただ美しいものに心を奪われてしまった、愛しい愚かな存在。
どうせどうにもならない恋なのだから、次にいけばいいのにね。
あ、次にいっても一緒だった。
だって俺は誰とも話ができないんだもの。
冬白川に見惚れていたのは1秒にも満たない時間だった。
魔法が解けたように、時間が動き出す。
彼女の周りに集まる女子たち。
男子たちは遠目から眺めているだけだ。
「琴菜、おはよう」「琴菜さん、本当に美人だよなぁ」「付き合えたら死んでもいい!」
俺は遠目どころか、違う世界の人間のようにその領域にも踏み込めないでいる。
多分、俺が近くに行ったらみんなびっくりしてしまうんじゃないか?
『こいつ誰』って。
自分の存在感の無さは把握している。
だからそんな強襲するような真似はしない。
ただ眺め続けるだけだ。
だが彼女のことに関して俺には一つだけ気になることがある。
気になるというか、気の迷いというか。
今朝俺が見た夢。
夢に出てきた、ありえない美少女。
母親と同じ夢に出てきた美少女というのは――
冬白川琴菜。
彼女だったりする。
どう考えてもありえないだろ。
彼女が俺の嫁にくるなんて。
まだ宝くじが当たるという方が現実味があるというか。
とにかく、ありえないことだ。
どうやったって話をすることができない。
どうやったって近づくことはできない。
どうやったって彼女の目に映ることができない。
無理なのだ。
可能性なんて存在しない。
だから今回の夢は、正夢にならないだろう。
これで的中率は100%を切るというものだ。
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