第25話 村の英雄談

 失意のまま出立したググランデは、先を行くアーネス達を追いかけていた。日中は馬に跨り、夜を徹して輿を担がせた。それでも普段の鍛錬が足りず無理が祟り、長時間の乗馬で尻は腫れて輿では体の端々を傷めた。


 先々で領主や町の名士から接待を受けたが、どの場でもマドリアス王子とアイネイアス姫の評判が上場で、ググランデは気分が悪かった。


「村の話を聞いて巣食っていた魔物を退治して下さった。たったお二人で、お供も連れず……」


 噂を聞いて引き連れてきた側近、兵士たちの指揮が下がって来ている。


 ——私も、第二王子だと言うのに。


 第二王妃の子と言っても決して身分が低い訳ではない。ただ、マドリアス王子達が王族代々の血を色濃く受け継いで、才に恵まれ見目麗しいのだ。


 マドリアスの魔力は王族の中でも微弱で王位に相応しくないとは言われているものの、ググランデ自身が現国王の血を受け継いでいない秘密は重い。城内で気がつく者に出会うのを恐れている旅でもあった。


 母親の不貞から生まれた自分を恨みたくなる。魔力の無い者が多い平民であれば悩まなくて良いようなものなのに。


 アイネイアスは異母兄のググランデには見向きもせず、義理の挨拶を済ませるとまるで居ない者の様な態度しかしない。実兄のマドリアスには、異常なほどの忠誠心を見せる。類い稀なく美しく強い、そんなアイネイアスにググランデは嫌悪感を抱いていた。


「兄上、もうすぐ聖霊の森の入り口、最後の村ですね! 」


 可愛い弟マールク王子が、眩い笑顔をググランデに向ける。このマールクだけが心から自分の味方でありながら、自分にはない王族の血統を持っているかと思うと、ググランデは嫉妬が止まらない。マールクに魔力の変化を気がつかれていないか気が気ではない。


「そうだ。ようやくだ」


 少しでもシャンとして兄としての風格を見せようとググランデは背筋を伸ばした。尻が、腰が、痛い!!


 そしてある朝、一昨日までマドリアス王子とアイネイアス姫がいた村にググランデ一行は宿営していた。


 ググランデがテントの中で出立の支度をしていると先陣の使いが訪れた。


 先陣の早馬での報告によると、精霊の森の手前の村にはマドリアス達は立ち寄らなかったという事だ。代わりに、男装の美女と若い男が宿に泊まっていたと言う。その男の人相書きは、ググランデには見覚えのない男だった。昨晩この二人が酒場を荒らそうとした山賊を一掃し、村は英雄が来たと騒いでいるという。


 ——その男がマドリアスに化けていたヤツなのだな!!


 朝方、村の若いカップルに扮装した二人は精霊の森に向けて村を出発したと情報があり、二人を目撃した者が目印をつけながら追跡を開始していると言う。


 男の素性を調べている余裕はないと判断した。それよりもアイネイアスを捕らえるのが先だとググランデは配下の者たちに指示した。


「姉上さまをどうなさるのですか? 」


 苛立つググランデの横で聞いていたマールクが不安そうに尋ねた。


「いや、無体な事は決してしない。私の気持ちは分かるな、マールク……」


 マールクに悪意を見抜かれまいと取り繕うググランデだった。マドリアスに扮する男と自分に冷たい目線を送るだけの異母妹、この二人を始末さえすれば、竜の牙など偽物でもいい。そばには第四位継承権を持つマールクがいる。


 しかしググランデは尻と腰と疲労感で朝だというのにグッタリとしていた。

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