第10話 王子様さまさま

 とりあえず俺はこの旅で始終機嫌がいい。


 あんだけ不遜で生意気なアーネスが俺をお兄さま扱いをするし。マドリアスに扮してる時は小間使いしなくていいし。


 道すがら人々からは、俺が美男子のマドリアス王子の姿に変身しているのもあり、連れている妹君のアイネイアス姫(アーネス)も見目麗しいって事で羨望の眼差しを向けられる。


 馬上の俺に村娘たちが群がり果実や花を束ねて贈ってくれるわ、その地の領主やら武官やら村長やら……噂を聞きつけては旅の労をねぎらってくれる。


 王子だと知らなくても高貴な身分の人物だと丁重に扱われ、礼を尽くされる。


 ——美男子って良いな。なんでこれ、今までやらなかったんだろう。刀鍛冶士をしながら森の中でコソコソ暮らす事しか考えてなかった。俺のせいで国立剣術学校の職人推薦枠無くなったからな。


 人気のない見晴らしの良い街道を進んでいると、俺のご機嫌に反して不機嫌なアーネスが苦言を言い出した。


「お兄さま、そろそろ自重なさってはいかがですか? 」


 苛立ちをチラつかせるアーネスも悪くない。立場が逆転してるのは何とも気分がいい。


「王位継承権のある王子が国民たちから支持を得るのは大事な公務の一つだろう? アイネイアス様も凛とした美しい姫君だと大人気じゃないか」


「くっ! 」


 ——はっはっはっ!


 苦い顔をして睨むアーネスに、俺は大満足した。時々出くわす魔物も刺客も何度か返り討ち以上にしていた。気が大きくなってしまう。


 ただ一つ、納得がいかない事があった。もてなしの場で酒を注がれても、アーネスが横から奪い取って、酒を一切呑ませてくれない。「お兄さまの常飲している薬と合いませぬ故……」と嘘をついて片っ端から断ってしまう。過保護かよ! だいたいあの王子、魔力が弱いだけじゃん。


 確かに酔っ払ってマドリアス王子のキャラを崩壊させたらマズイしな。


「毎度毎度だけど、本当にお酒呑んじゃダメなのか? 」


 いくらなんでも他人に変身しっぱなしで、自分に戻れない時間があるとそれなりに疲れを感じている。気を抜く時間ぐらい少しは欲しい。


 次の泊まる村ではお酒呑みたいと話したら、アーネスがキッと俺を睨みつけ、馬を寄せると俺に対する態度に変えてきた。


「サイ、いいかげんにしろよ。貴様、酒を呑んで人格変わるとか言われた事ないか? 」


「はっ? うーん。そんなに酒の失敗なんかしてないぞ」


「……そんなにか」


 アーネスがどんよりと暗い顔をした。

 そして、ため息をつくと、


「分かった……次の村が精霊の森手前で最後の宿場だ。お兄さまの姿を止めよう。ルートは丸分かり、刺客に狙われてるのに凱旋してるかのように目立つのもどうかしてるんだ! ググランデ達は魔剣を造れる刀鍛冶士も探してるんだ! もっと自覚しろ」


「やった——!! 」


 俺は早速人気の無いのを確認して、自分の姿に戻った。アーネスの話を聞き流すのは最高だ。


「だが、酒は控えろよ! 」


「え——っ!! 」

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