勇者パーティーを抜けたい運搬人の独り言

小桜瑞花

第1話

 オレは現在、勇者パーティーと呼ばれるパーティーに所属しているわけだが……。

 抜けたい。


「前方に敵影あり」

 斥候役の男が道の先を険しい顔で睨むのだが、既にオレの目でも確認できる距離だったりするんだ。


「どんな敵だ?」

「うーん、ウサギかな?」


 盗賊ウサギだな。推定32体と数だけは多いが、所詮は二足歩行するだけの、ちょっとした得物えもの――主に木の棒――を手にしただけの、ウサギの魔物だ。

 一般的な村人にとってはどうだか知らないが、一般的な冒険者にとってはちょっと敏捷が高いだけのザコキャラだったりする。


 それでも、運搬人ポーターであるオレは身を隠した方がいいだろう。

 なにせ、あの数だ。

 万が一にでも預けられた荷物をかじられたり、棒で殴られたりしたらたまらんからな。


 ついでに仮眠を取らせてもらうかと岩陰に隠れてウトウトとしていたオレを叩き起こし、

「ポーター殿。そう度々この様なことをされては、この栄えある勇者パーティーの一員として相応しくないと判断せざるを得なくなります」

 起伏の少ない声でそう告げたのは、魔法使いの男だった。


「おい、ポーター。なんで怒られてるのか分からないみたいな顔をしているが、そんな筈はないよな? 自分の無能っぷりくらい自分で分かってるよな?」

 黒い笑顔でそう告げたのは、戦士の男だった。


「役立たず」

頓馬とんま

「足手まとい」

鈍間のろま

 ニコニコと双子のようにそっくり同じ笑顔を浮かべながら揶揄やゆしてくるのは、斥候役の盗賊と僧侶の男だった。


 いやいや、何を言っているんだ、お前ら。

 知ってるか?

 運搬人の仕事ってのは、襲ってくる敵と戦うことじゃないんだぜ?

 とオレは心の中だけで呟いた。


「ボクたちが死闘を繰り広げている最中におびえて逃げるだけならまだしも、惰眠をむさぼるとは。ポーター君、君は恥という概念を知らないのかい?」

 苦々しいと言わんばかりの表情でそう告げたのは、今代の勇者と呼ばれる男だった。


 え、死闘? ……ああ、ウサギたちにとってはそうだったかもな。

 あと、惰眠じゃなくて仮眠な。

 これに関してはオレよりもむしろ、オレ1人だけにずっと寝ずの番を押し付けているお前らの方が悪いだろう。

 とオレは心の中だけで呟いた。


「言い訳もしないのですか?」


 言い訳? 何を言っても、曲解しかしないお前らに?

 ないわー。

 とオレは心の中だけで呟いた。


「もういいじゃん、こんなやつ。追放しちゃおうよ」

「うん、いらないよね」


 おお、マジで?

 とオレは思わず口に出しそうになった。


 そしたら寝不足続きの日々とも、尻を狙われる日々とも、永遠にお別れってことだよな?

 顔も知らない王族とか貴族とかギルド長とか宛てに延々とつらつらと報告書を書き上げる必要もなくなるってことだよな?

 勇者の管理がなってないとか、意味の分からんお叱りを受けることも無くなるってことだよな?

 ナニソレ、最高じゃね?

 とっとと追放してくれと思うのだが、まだなのか? まだなのか。



 しかし、このパーティーに所属してからまだそんなに日が経っていないのだが……。

 本当に色々なことがあった。


「もっと君のことが知りたいんだ」

 と腰をでられたことがあった。


 勇者様を誘惑するなと拳が飛んできたことがあった。

 勇者様を誘惑するなと炎が飛んできたことがあった。

 勇者様を誘惑するなと針が飛んできたことがあった。

 勇者様を誘惑するなと毒を飲まされたことがあった。


「そんなに寂しいのなら、ボクが抱いてあげようか?」

 とうるんだ瞳で見上げられたことがあった。

「そんなに欲しいのなら、オレが代わりに抱いてやる」

 とたくましい腕に包まれそうになったことがあった。


 町でも色々あったな。


 妹を傷物にされたと、何故かオレが殴られた。

 孫娘を傷物にされたと、何故かオレが婿にされそうになった。

 誠意を見せろと言われて、何故かオレの金がむしり取られた。


 そういえば、戦闘での尻ぬぐいも散々させられたっけな。


 努力を知らない今代勇者は、歴代最弱という汚名通りの弱さのくせして、群れに突っ込む蛮勇と逃げ足だけは凄いのだ。

 そしてその仲間も以下同文。

 しかし、運搬人であるオレはそう簡単には逃げられない。

 預けられた荷物が多すぎる上に、重すぎるからな。


 ……よく生きてるよな、オレ。



「おい、ポーター。ボーっと突っ立ってないで、何か言うことは無いのか?」

 呆れたような顔でそう言ったのは、戦士の男だった。


 そう言われてもな。

 パーティーから解放してください以上に言いたいことなんて無いんだよな。

 それに言ったところで(以下略)。


 だから、オレは無言で首を縦に振った。


「そうですか。では残念ですが……勇者様、お願い致します」

「うん、仕方ないね」


 まだ契約期間が大量に残っていた、オレにとっては最早呪いの契約書でしかなかったオレの勇者パーティー加入の申請書が、勇者の手によってビリビリと音を立てながら破られていく。

 同時に俺の首に絡みついていた、オレを勇者パーティーに縛り付けていた実態のない鎖が光を失って消えていく。


 ああ、これでオレは自由だ……。


「あーあ、とうとう切り捨てられちゃったねぇー……カワイソー」

「すっきりだね!」

「ポーター君、君はちゃんと反省しないといけないよ?」


 奴らがまだ何かさえずっているが、オレにはそれを聞く義務がもうない。

 そんなことよりも、このクソみたいな仕事をとっとと終わらせたい。


「預かってた荷物を返したい。受け取ってくれ」


 ああ、こいつらの前で久しぶりに喋ったなと思いながら、圧縮スキルと軽量化スキルと──以下略──を解除しながら、ついでに助走をつけながら……。

 オレは預けられていた大量の荷物を勇者どもの足元へと叩きつけた。



 ──後日、とある冒険者ギルドに『地中(クレーター)に埋没した荷物の発掘』という珍しい内容の依頼が出されたと風の便りで耳にしたが、たぶんオレには関係のない話だ。

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