第3話
「……というわけで、この世界の魔王よ! 俺にへりくだる必要はないぞ、対等に行こうではないか、対等に」
「そ、そうかの……」
「ちなみに、俺の世界でも魔力と魔法と呼ばれるものがある。難しさで初級から最上級、究極まで割り振られているのだ。……が、俺はまだ初級魔法すら一つも使えない。それに体術も、武器の扱いも何も知らない素人だ」
自分で言っておいてなんだが、本当に強みというものが何も無いな俺は。先の魔王達が残した日記のような伝記しか読んでこなかったから仕方ない。
その上、今まで得た知恵もこの世界では大半が通用しないだろう。魔王であるために身体能力と内包する魔力が高いだけ少しはマシといえる。そうでなかったらただの木偶の坊もいいところだ。
先ほど、俺の質問に答えてくれた若い兵士が少し前に出て口を出してきた。
「あ、あの名前がない魔王様、ではどうやって勇者と戦うのですか?」
「これから鍛えるのだ。勇者が来るまであとどれくらいある?」
「よ、予言の魔法を持つ者の話ではあと一ヶ月です……」
「この世界の一ヶ月はおよそ三十日間か?」
「は、はい」
「偶然にも俺の世界と一緒だな! じゃあその間に傷を完全に治しきって俺を実戦できるまで鍛えなければな。皆、手伝ってくれるよな?」
揃いも揃ってすごく嫌そうな顔をしたぞ。少し心に傷がつくな。いや、予想はしてたことだが。でもこいつらにとっても俺にとってもそれしか道はないのだから仕方あるまい。
「み、皆、手伝うのじゃよ……」
「エッツラ王様……」
「わ、ワシもできることならやりますのでな、魔王様」
「そうだ! なんなら貴様らで俺を名付けてくれ。呼び名がないのは寂しいからな。うん、どうせなら王か姫に名付けてほしいな」
「そ、それじゃあワシが」
「頼んだぞ王よ」
「名前がないから……ナナッシィとか……」
「あー……」
「ね、ネームレスとか、どう……かな?」
「よし、姫のそれでいこう」
先ほどまで話を王に任せていた姫が数分ぶりに声を出し、俺の名前をつけてくれた。王のは聞かなかったことにしよう。
しかし本来なら、先の魔王達は特別な能力や特徴的な性格などを持っており、それに合わせて周りから名付けられるもの。例えば七代目の『インフィニティ』は、どれだけ使っても魔力が減らないという特別な力を持っていたためそう名付けられた。
だが俺は各魔王が最低一つは持っているそのような特別な能力が何か判明してないし、あの世界では歴史を残せてないわけだから、ネームレス……名前無しという名前は妥当と言わざるおえないだろう。
『名も無き魔王ネームレス』なんて、言い方次第じゃ割とカッコよくなるしな。
「そ、それではネームレス様、そちらの世界の勇者との戦いの怪我が完治し次第、兵士たちと一緒に訓練や練習を行いますかな?」
「ふーむ、一般的な兵士の訓練ではこちらの勇者と戦えるほどの実力がつかないかもしれない。少々過激で構わん、戦士を鍛え上げるのが得意な者はいるか? その者に短期間である程度の実力がつく訓練を考えてほしい。頼めるか?」
「承知しました。では今日のところは……あ、お食事はどうしますかな? ネームレス様をこちらにお連れしてから丸二日、深く眠っておりましたがゆえ、なにも口にしていないじゃろう?」
そうか、俺は二日しか眠ってなかったのか。重症だった割には案外短い眠りだったのだな。しかし食事か……!
魔王として生誕してから一度も、何も口にしておらんからな。故に自分の好みすら把握できてない。無駄に贅を凝らされても初めての食事、今後の有り難みの基準がわからなくなってしまう。勿体無いし、ふつーの食事にしてもらおう。
「実のところ俺は生誕してこのかた一度も物のを口にしたことがない。ただ食欲がないわけではないぞ、時間がなかっただけで。故にまあ、この城を訪れた一般的な客人に出す程度の料理を頼みたい」
「承知しました。ではそのように各々に伝えておきますのじゃ。……本当に贅を凝らした料理ではなくてよろしくのですかな? 最上級のものを用意できるのじゃが」
「例えばやっと普通に食事ができるようになった幼児に人生初の肉を食わせるとして、それが最高級の肉だとしたら、当人はその価値がわかるか? 大してわからないだろう。並みか少し良い物程度、でいいのだ」
「ほほう、なるほど。独自の拘りがあるということで。食事はこの部屋にお運びしましょうぞ」
「いや、せっかくだから食堂に行こう。あるのだろう?」
「それはもちろんありますが……その傷で動くのはやめておいた方が……」
「ふはは、問題はない」
たしかに俺の傷は大怪我というべきものだが、なに、傷はもう塞がっているのだ。城内を歩き回るくらい今でもできるだろう。王に動けることを証明するため、俺はベッドから降りて歩いてみせようとした。しかしその瞬間、口元から何かが込み上げてくる。
「ほら……な……うっ……ぐ、ぶはっ……!?」
「吐血!? やはり無理だったんじゃ。食事はここでとってもらいますぞ!」
「……はぁ、はぁ。誠に申し訳ない」
どうやらダメージはまだ残っていたようだ。この城の者らの治療と睡眠だけでは足りなかったか。魔王は治癒力もそこそこあるはずなのだが……。食事でどれほど回復するかだな。
王と姫、そして兵士達は俺を食事が出来上がるまでゆっくり休ませた方がいいだろうと部屋を後にした。それからすぐにメイド数人がやってきて俺が吐いた血を掃除していった。
ゆっくり休めとは一眠りしろということだろうが、正直目が冴えてしまっている。突飛な境遇に身を置かれているからに違いない。そういえば俺の元着ていた服はどこにいったのだろう。俺が今身につけてるのは下半身用の肌着一枚と大量の包帯のみ。あの服には俺の元いた世界の初級魔法を練習するための本や、重要な書類が入っているのだがな……まあ、そのうち返してもらえるだろう。
結局他にすることもないので、俺はおとなしく毛布に身を包ませて横たわっていることにした。また変に動いて部屋を汚しても悪い。
部屋の右側の壁に貼られているタイルを二周ほど数え終わり、三周目に突入しそうだった頃、この城の料理人とみられる男が食事を持ってきてくれた。簡易的な机を俺の隣に設置し、その上に食事を置き、上半身さえ起こせば食べることができるような状態が整えられた。料理人は「どうぞごゆっくり」と言い一礼してからすぐに去っていく。
食べ物の匂いというのは素晴らしい。献立はサラダとスープとパン、メインは肉を焼いたもののソース添えといったところか。デザートはカットした果物と牛の乳の和え物だ。ある程度、想像していた通りのものが出てきた。
いくつか知識にない野菜や果物が混じっているが、この世界では普通の食材なのだろう。別世界なのだ、この世界にはあって俺の世界にはない食材があるのも当然。そう考えると非常に貴重な体験と言える。
一通り口をつけてみた。まあ、どれも美味かったが……サラダや果実和え、肉料理の付け合せの芋などの方が肉よりも舌と身体が満足しているようだった。どうやら俺の好みの食べ物は野菜類全般のようだ。
しかし量が足りないな。普通の人間一人分と考えれば並みの量だったが俺の治癒力を活発化させるまでには至らないだろう。もっと多く食えば俺の身体は大幅に回復すると、自分のことであるためか何故かわかる。……追加でお願いするか。ここから声を出せば誰か来てくれるだろうか。
「おい、誰かいないか!」
「失礼します! どうされましたか?」
食事を運んできた料理人ではない。メイドの一人だと思われる、姫と同い年くらいの少女が声を上げてから数秒のうちにやってきた。先程俺の血を掃除したほかのメイドとは何か違うのか、着用している制服は同じだが首から赤い頭巾のようなものを掛けている。
「可能ならば食事のお代わりを頼みたくてな。そうだな、野菜料理を中心に先の十倍ほどの量持ってきてくれないか」
「じ、十倍ですか! 承知しました」
「ところで、俺が呼んだらすぐに来てくれたわけだが、まさか部屋の前で待っていたのか?」
「はい! ネームレス様がお食事している間に、およそ一ヶ月間、身の回りの面倒をメイドの間で誰が専任するか話し合い、私に決まったんです。よろしくお願いします!」
「ああ、よろしく」
ふむ、元気があって良いな。今後はこの少女に要件を言えば良いのだろう。一ヶ月世話になる相手だ、もういくつか今後のために個人的な質問をしておくか。
「ところで何故、俺が来る前に担当を決めておかなかった?」
「別世界から来る方の性格を見て、それにあったメイドを当てがおうと事前に決めておりました。王様が、その方が良いだろうと」
「なるほどな、一理ある。で、名はなんという? 把握しておいた方が便利だ」
「私の名前はフゥドです。皆からは赤ずきんと呼ばれています。この赤い頭巾をいつも身につけてるので。ネームレス様もよければそうお呼びください」
「そうか。では赤ずきん、その頭巾は何か特別なものなのか?」
「ええ。実は私、このお城に拾われる前の記憶がなくて……。当時からなぜかこの頭巾をしていると仕事が捗り、気持ちも安定するので王様に特別に許可をもらって身につけているんです」
このフゥドという少女はこの城に拾われたのか。記憶をなくしているらしいとは言え、どこの誰かもわからぬ人物を城に入れメイドとして雇うとは王はかなりのお人好しだな。まあお互い上手くいっているのならそれでいいだろうが。自己紹介させるのはこんなところで良いだろう。さっそく料理を頼もうか。
「把握した。ではさっそく先ほど注文したように、料理のお代わりを……」
いや、ちょっとまてよ。俺専属のメイドということは俺の荷物なども把握しているということだろう。所有物の確認をして、気持ちを一安心させてからゆっくり食事をとったほうが優雅だな。
「……の前にまて。もう一つ尋ねたいことがあるのだが」
「はい、どういったご用件でしょうか」
「俺の元着ていた衣類と、持っていた書類はどうした?」
「それならばどちらも管理しております! あとでお伝えしようと思っていたところです。……書類の方は問題ないのですが、お洋服は切り傷や穴が空いております。修繕をこの城の仕立て職人に頼んでおきましょうか?」
「良かった。ではそれでよろしく頼む。そうだ、お代わりと一緒に書類だけ一通り持ってきてくれないか」
「かしこまりました。ではそのように」
赤ずきんは一礼をしてからこの部屋の戸を丁寧に閉じて出て行った。もとから着ていた衣類は生まれてから一度も洗っていないとはいえ、数少ない所有物だからな。修繕してくれるのならばありがたい。魔法練習用の本などもきちんと残っていたのは嬉しい。勇者の攻撃によって破壊された可能性も考えていたんだが、運が良かったな。
それからまた暫く後、赤ずきんが注文した通りの食事と書類を運んできた。とりあえず今必要なことは全て済んだので彼女を下がらせ、俺は回復するために食事に専念することにした。書類を読むのは後だ。
「はぐ、はぐ……ふは……はむ……もぐはぐもぐもぐあむはむ」
食う、ひたすら食う。運ばれてきてすぐは山盛りの料理を見て流石に頼みすぎたかと後悔しかけたが、実際手をつけてみるとそうでもなかった。想像より遥かに身体が養分を求めているようだ。回復しようと全身が活性化しているのがわかる。
「ゴクッ……ハァ……」
あー、うまかった。さて、寝るか。あれだけ大量に食い物を摂取したら急に眠くなってきた。寝て、食って、また寝る。悪い一日ではないな。まあ何日も続けたくはないが。おそらくこの部屋の外で待機している赤ずきんに、俺は眠ると一声かけてから、布団の中に潜った。
◆◆◆
「ウオオオオオオオオオオオオオ!!」
おそらく朝だ。俺はベッドから飛び起き、窓を開け、胸の奥からこみ上げる熱気を声とともに吐き出した。
「っし! ふははははは!」
身体がしっかりと動く。ここまで少々過激に動いたが、吐血する様子もない。全身に巻かれていた包帯をほどき傷の様子を見てみた。
腹の真ん中が大きく変色してしまっているが他の傷はふさがっている。おそらく背中も腹と傷跡ができているだろう。これは多分治らんな。また、そこに触れたら鈍い痛みが走るが、動くこと自体に支障はない。触れられなければ大丈夫だろう。
俺が雄叫びをあげたのを聞いてか、赤ずきんが慌てて部屋に入ってきた。
「どどど、どうされましたかネームレス様!?」
「ああ、赤ずきんか。おはよう」
「おは……おはようございます。あれ、えっと、包帯を外して……」
「なに、治ったが故に外したまでよ」
「魔法でも治しきれなかった傷が三日で……!?」
「まあ、魔王だからな」
昨日、あれだけ食ったのにもう腹が空いている。おそらく養分などは皆、治癒に回ったのだろう。
赤ずきんは朝食を頼んだというのに動こうとしない。どうやら時計を確認しているようだ。しばらくそれを眺めていると、深々と頭を下げてきた。
「申し訳ありませんネームレス様、まだ朝の三時半、料理人や他の使用人達も睡眠中でして」
「なに、深夜だったか。確かにまだ外が暗いな……様態が良いことに気を取られ、気がつかなかったぞ」
「あの、私でよければ簡単なものをお作りしますが?」
「いや、様子を見るに赤ずきんも眠っていた最中だったのであろう、俺に構わずもう一眠りするがいい。起こしてすまなかったな。しかしよく即座に駆けつけてくれたな」
「ネームレス様のお世話をいつでもできるよう、あれから私の部屋を隣に移しましたので」
「そういうことか。まあとにかく朝食の件は気にするな。正規の朝食の時間まで俺もまた眠るとしよう」
「承知しました。では」
赤ずきんは眠たそうな目を少しだけこすり、再びお辞儀をしてからこの部屋から去っていった。……まあやっぱり腹は空いているがな、睡眠不足でメイドの仕事を疎かにされても困るし、ちゃんと眠ってもらった方がいいだろう。
ただ俺は目が冴えた。実際もう一眠りなんて出来そうもない。おそらく朝食の時になるまであと三時間から四時間はあるだろう。となればこの暇な時間、少しでも強さの足しになるよう、初級魔法練習の本でも読むべきだろう。こんなことになるなら中級以降も懐に忍ばせておけばよかったな……。
この本以外に持ってきているものは、特殊で丈夫な紙ぐらいだ。これは魔王として自身を記すための本に使うものであり、表紙に貼り付けたら反映される。名前や能力、そして自分の進もうとしている道に沿った題名を書き込んで永久に残すのだ。俺が一週間かけて読んでいたのは主に歴代の魔王達のそれである。
まあ……俺はまだこれに手を出さないでおこう。名前はともかく能力がわかってないからな。
とりあえず『初心者のための初級魔法 第18版』と書いてある本の表紙をめくり、頭から読んでいく。魔王としてこの程度の難易度のもの、一読しただだけで全て習得したいものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます