題名のない魔王

Ss侍

魔王の世界 と 記録の世界

第1話

 『究極の災厄 ~アルティメットの軌跡~ 後編』という題名が記された本を本棚に戻した。

 ……俺が魔王として目覚めてからおよそ一週間。自身の有する力を確認することもなく、飲まず食わずで城の書庫にある過去の魔王達が残した伝記をひたすら読み漁っていた。しかしそれもさっきので終わり。今まで先人達がどうしてきたかをだいたい把握することができた。

 

 一休みしたいところだが、これから自身の強さの程度を把握し、それに合わせた魔法を覚え、剣術や武術を鍛え、配下となる魔物を生み出し……とにかく行うべきことが山ほどある。少しも暇はない。

 これから数年後、あるいは数十年後には俺を滅ぼそうと勇者がやってくる。俺はそれに備えなければならない。様々な武勇を残している代々の魔王達。俺もその中の一人なのだから、勇者と永遠に語り継がれるような完璧な戦いを繰り広げたいもの。そして打ち勝ち、俺は……ふむ、後のことはその時決めればよいか。


 ともかく先ずは実力を把握することから始めよう。いや、まだこの俺の城の中を見てまわってすらいなかったか。ならばそれからだ。この命が尽きるまで自分が住む場所の、構造くらいは覚えておかなければな。玄関から順繰りに見て行くことにしよう。

 魔王が出現するたびに復活するこの魔王城は、どの世代でも作りは同じらしく、他の世代の誰かが書き残した見取図がある。とてもありがたい。


 地下にあった書庫から廊下を渡り玄関へ。まだ毒の霧だとか酸の池だとかは設置していないため、あちこちから差し込んでくる明るい光が眩しい。うーむ、だが俺はこの日光がある方が好きだな。変なものをばら撒くのはやめておくのも、ありかもしれない。


 次は一旦外に出て庭の様子でも見ようか……と、思ったその時、ドンドンと激しく玄関の門を叩く音が聞こえた。とてもじゃないがノックなんて礼儀のあるものではない、おそらくは閉じてる門を無理やりこじ開けようとしているのであろう。

 もしかしたら野生の魔物が俺の生誕を察知し、配下に加えてほしいとお願をしにに来たのかもしれない。力自慢の荒くれ者だったら丁寧な行動ができなくても仕方あるまい。俺は門を開けることにした。



「何者だッ!!」

「……お前が魔王か」

「いかにも」



 目の前にいたのは豪華な剣を携えた一人の少年。いや、少女か? この際どちらでもいいか。とりあえず人間だ。一瞬驚いたような表情を浮かべた後に、俺のことを睨みつけてくる。どうみても俺の手助けをしにきたというわけではなさそうだが……。この子供は何をしにきたんだろうか。



「ボクは勇者だ。今からお前を倒す」

「そうか、よく来たな」



 魔王は人間と敵対し滅ぼさんとする存在だが、いきなり襲うのは失礼だろう。とりあえず玉座の間に通すとしよう。とはいえ俺はまだ玉座にすら座ったことがない。威厳を示すためにこれから初めて座ることになるのか。そう思うと少し緊張してくる。

 茶葉なぞまだ買ってないから茶を出すともできんが、それは仕方あるまい。たしか名前は勇者といったか。とりあえずついてくるように……?



「ん? まて、ゆうしゃ?」

「ああ、その通り。ボクは魔王を滅する者」



 勇者と名乗った子供は腰に下げていた剣を抜き、俺に向けてきた。そういえば過去の文献でも勇者は皆、十台後半程度の年齢だとされていたな。そう、つまりだ。この子供の勇者という身分が本当なら、今俺は人生最大の敵といきなり対峙しているということになる。

 生誕して一週間で。

 ……とにかくなんでここに勇者がいるんだ。魔王城が現れる場所は人里から離れた山奥などではなかったのか? 毎回場所が違っており、見つけるのも苦労するはずだ。



「よ、よく……ここ、魔王城がわかったな」

「前の魔王があまりにも強すぎた。だからそれを打ち破った先代勇者とその仲間達の提案で、ボク達人間は世界中のあちこちをずっーと見張り続け、魔王城が現れるなりすぐに突入できるようにしたんだ。魔王は時間さえ与えなければ強くならないことも調べはついている」



 たしかに記録を読んでいても前の魔王は最強と言っても過言ではない強さを誇っていたようだった。つまり先代が強すぎたために以降人間達は魔王に対抗する策を時間をかけて準備し、現れたらすぐに叩くという行動に出たわけだ。

 いや、まってほしい。俺は剣にも触れたことはないし、拳を振り回したこともない。初級魔法を覚えようと初心者用の魔法教材を持ち歩いてすらいる状況だ。身体能力や保有する魔力は魔王として人間なんかよりも高いのはわかっているが……。


 だがなに、こんな男か女かわからない子供ひとり、俺なら腕力だけで打ち勝てるだろう。ここで魔王の貫禄を見せつけ、舐めた行動を取ってきた人間達を絶望の淵に立たせてやっても良いかもしれぬ。



「魔王達が日記みたいなのを後続のために残しているのも知っているよ。そんなのを書く暇すら与えずにお前を倒す。これでボク達はもう永遠に魔王に怯えずに済むんだ」

「ふ、ふは、ふははははは! 甘いぞ! この俺を誰と心得るか! 俺は魔王だぞ! 貴様など生まれたばかりの実力で丁度良いくらいだわ! 単身で挑んだことに後悔しながら生き絶えるがよい!」



 俺はグッと拳を握りこみ勇者に殴りかかった。しかし勇者はため息をつきながら軽々とそれを躱し、俺の右肩から左脚にかけてまっすぐに剣を振り下ろす。熱く燃えるような痛み。人間でいう血に当たるものが斬撃の軌跡通りに噴き出している。



「ぐ……はっ……! この……!」

「弱い。これじゃただ頑丈なだけの案山子じゃないか」



 魔王は普通の刃じゃ滅多に傷つけることすらできないはずなのだが……どうだろう、実際はこのザマだ。 

 とりあえず蹴りを繰り出すも、それを避けつつ後ろに回り込まれ、今度は背中を斬られる。俺には一振りしているようにか見えなかったが、どうやらこの一瞬のうちで何度も切り刻まれたようだ。さらに痛みが走る。

 勇者がそのまま背中を蹴り飛ばしてきたと思えば、一瞬で俺の目の前に現れ、腹に剣を突き立てた。



「うがぁっ! ぐお……」

「ペタンサンダー……!」

「うががががががががッ」



 腹に突き刺した剣の先を媒体にして体内に直接、究極級の雷魔法を流し込んできた。全身が痺れ、痙攣する。口から黒い煙が上がるのも見えた。

 ま、まずい。薄々わかっていたが、やはり対等な戦いどころではない……! このままじゃ過去最弱、いや、簡単に対策を取られた過去最低の情けない魔王として一矢報いることなくやられてしまう! 



「ふざ……ふざけるな……俺、俺はこのままじゃ絶対に負けないぞ……勇者あああああああああ!」

「次でトドメだ。ボクは武器に魔法を付与するのが一番得意なんだけど……まさかそれを一度しか披露せずに終わってしまうとは。強そうなのは、その体格と見た目だけだったね」

「はぁはぁ……死ねぇえええええい!」



 今残っている渾身の力を込め、勇者に向かって、合わせた両手をハンマーのように振り下ろす。衝撃で城の床がヒビ割れたが、勇者はいつのまにか俺から遠く離れた場所に移動しており全くもって全力の攻撃が無意味だったことを悟らされる。

 回避した先で勇者はかなりの魔力を込めた魔法陣を出現させ、剣先から柄までくぐらせた。その瞬間、その剣は勇者が付与したもの以上の魔力を放って輝き出す。

 ああ、あの剣で斬り付けられたら確実に俺は終わる。死んでしまう。絶対に。



「さらば魔王!」

「クソが……! なっ……!」



 気がつけばすでに勇者は俺のふところまで潜り込んでいた。奴は間髪入れずに剣を、腹に向かって再び突き立ててくる。先ほどのそれとはまるで違う破壊力。



「ソードライトニング!」

「ぬわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああ……ッ!!」



 剣状の光が俺の腹から背中へ貫通した。衝撃で勢いよく後方へ吹き飛ばされ、その先の壁にこの体が深く埋まる。痛いとかそういう次元の話ではない。



「おぐぁ……」

「一応魔王だけのことはある。まだ生きてるんだね」



 もうだめだ、終わった。どうやら無駄に高い身体能力のおかげで生きてはいるようだが。このまま気絶したならばその隙に殺されるだろう。

 ……ん? いやまて、身体が金色に光り始めた。どちらかといえばなんかよくわからん光の塊みたいなのが俺の体を包み込んでいるようだ。



「これは……?」

「身体が透けて消えかけてる……ボクの必殺技、やっぱり耐えられはしなかったね」

「そうか……」



 確かに勇者の言う通り、身体が透けていっているようだ。つまりこの金色の光は俺の身が滅びる前兆というわけだな。たしかに魔力を多く持つ者は、その自身の魔力に呑まれ、身体が残らず消滅することもあると誰かの伝記にも記されていた。


 ふはは……過去最低、何もできなかった魔王か。恥ずかしい。自分の記録の題名すら決めることができなかった。いや、それ以前に俺の名前自体もない。せめて次の魔王は俺の文献が何も残されてないことに違和感を覚え、先手と不意打ちに対して対抗してくれれば良いが……。



「さよなら、魔王」

「勇者よ……俺は特に残す言葉もない。過去の勇者と同じように、魔王城を消し、宝を奪い、勝利の宴をあげると良い」

「うん、そうさせてもらうよ」

「……無念」



 俺はゆっくりと目を閉じた。

 こうなってしまったら、自然の流れにこの滅びゆく身を任せようではないか。



◆◆◆



「○□○○○、◇▽○□○!!」

「△……○◇○▽○◇◇◇……!」



 浮遊感がする。俺の身体は浮いているようだ。

 ここはあの世だろうか、なんか人の声が聞こえた気がするが。魔王にも死後の世界は平等に与えられているということか? 周りの様子を見たいが身体が重く瞼も開かない。



「○◇□、○◇○□○□□!?」

「◇△♢△! ○○ッ……!」



 浮遊感が消え、地面へ軽く落とされたような感覚が背中に走る。人の声のようなものは相変わらず聞こえ、耳元で鳴り響き煩わしい。……どうでもいい、とりあえず眠ろう。うるさくても眠ろうと思えば眠れるはずだ。

 生まれてから一度も眠らなかった故、次起きるのはいつになるかわからぬがな。そもそも死んだのに起きるという概念があるのかどうか__________________。

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