幸せになって

 大人になった私は色々な事を経験し、見て聴いて思うようになった。

 イジメる子どもも、イジメられた子どもと同じように救いが必要なのではないか。


 大人になり就職した私はそれまでの"良い子"を演じる必要がなくなり、徐々にイベントや呑み会の好きな明るい人間になっていった。本当に私自身、子どもの頃の自分と大人になってからの自分の違いに驚いている。おそらく、大人になった今の姿が本来の私なのだろう。

 本来の自分となった私は、とても幸せだった。仕事に関しては時につらく涙を流すこともあったが、それでも大人になった私は呑み会の場や同僚を相手に辛さを吐き出すことができた。子どもの頃の一人悶々と辛さを日記にだけ吐き出していた私とは違うのだった。


 大人になった私は幸福だった。そして幸福を自覚した時にふと、男の子たちへの心が焼けるような憎しみが消えている事に気づいた。過去のつらかった事を思い出した時、感じるのは憎しみではなく、過去の自分に対する哀れみだけになっていたのだ。


 その後、勤務先で知り合った夫と結婚、3人の男の子を産んだ。息子2人が不登校となった中で、長男がイジメを受けたらしい事も知った。


 イジメられていた頃、私は私が醜いからイジメられるのだと思っていた。しかし大人になり幸福を感じて憎しみがなくなると、"イジメられた理由は他にあったのではないか"と思うようになった。


 小学生のある日、イジメっ子の一人の家の近くを通った。そこらは古い長屋のような建物が立ち並ぶ地域で、イジメっ子は片手に杖を持った父親らしき男性と歩いていた。その男性の足には包帯やギプスが巻かれているわけではなく杖も使い古された感じで、この男性の足はもうずっと長い間この状態である事が感じられた。そして杖を持っていない方の手はイジメっ子の肩に置かれているのだった。

 考えてみれば、初めに私をイジメた3人の男の子達はみな、その辺りに住んでおり家や家庭に事情を抱えているのだった。

 長男をイジメた男の子も同じだった。小学生の頃はよくうちに遊びにきていた彼は、母子家庭であり、学校行事やPTAの活動に参加するのはいつも祖母らしき人だっのだ。

「悪い子じゃないのだけど、躾がされていない子」という言葉が彼に対する遊び仲間の母親達の評価だった。


 子どもの頃の私は家庭環境には恵まれていた。新しくはないが、さほど古くもない家は小学校の門の前にあった。サラリーマンの父は高給取りではなかったが、普段の生活に困るような事はなかった。母は明るい性格で参観日やPTAの行事で学校に来ると大きな声で私にはなしかけるのだ。

 長男も同じく生活には恵まれていた。彼が小学2年生の時に建て替えた家はリビングを広くとり、何人かの友達が来ると、母である私は張り切ってお菓子をだしたりカルタや宝探しなどの遊びに付き合ったりした。

 私をイジメた男の子たちや、長男の友人だったイジメっ子たちにとって、それらはどう映ったのだろうか。


 ひょっとして私は恵まれていたから…恵まれ過ぎたから、イジメられたのではないかと大人になって考えるようになった。


 もちろん、つき並みな言葉だがイジメは絶対にしてはならないし、あってはならない。

最近のイジメは私の受けたものより遥かに激しく、暴行や恐喝にまで及んでいる。

 しかしイジメられる子どもの傷みが解らないほどにイジメた子どもの心が苦しく傷ついているとは考えられないだろうか。

 

 私が幸福を感じられるようになって初めて、イジメた男の子達の境遇を思いやる事ができたように、人は自分が苦しい時に他人の傷を思いやる事などできないのだ。もっと言えば、辛ければ辛いほど、何かを傷つけ…傷つけるほどにまた辛くなっていくのではないのだろか。

 イジメていることが、心の底から楽しいと思える子どもなど存在しないと私は思っている。もし存在するのなら、その子は本当に恵まれていない、幸せというもの知らない、本当に楽しいという気持ちを知らない真に救うべき子どもなのではと思う。

 

 そして私が耐えて生きてこられた理由も結局は恵まれていたから…例えイジメられている真実を話すことのできない家族であったとしても、結局は愛されていたから死んではいけないと思えたのだし、恵まれていたから励ましとなる本に出会う事ができたのだ。

 



 


 

 

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