35.お金の力で戦う話

「急にすごい揺れが起きて、驚いて!」


 廃墟というには、新しすぎる。


 残骸と呼ぶには、跡形もない。


「慌ててベランダに出たら何か景色に違和感があって!」


 戦場よりは整然として、地獄というほど荒みもしない。


「よくよく見ていたら、うちのビルがズブズブ地面に沈んでて!」


 空と、地面と、煤けた格好の女性が一人だ。

 ビル街に突如開いた空間は、その下の地面に大きな穴を開けていた。


 何処かテレビのように現実感のないその光景は、確かにテレビの中の映像だ。


 縦書きのテロップには「ヘイワ波動電磁研究所職員・シャーリー=ブレットさん」と綴られており、画面下方には彼女の発言が字幕として表示されていた。


 僕は、


(うおおマジかぁ……)


 とひきつった笑顔で、画面を眺めていた。



 複数の巨大な魔道具を遠くに仕掛けて、指向性魔力を照射。

 その交点を一ヶ所に集中、干渉させ、離れた場所に現象――今回は風魔法による局所的な激しい震動――を引き起こす。

 震動は地下構造と基礎を破壊、その土地を流れる地下水脈までを貫通。

 かくして、ヘイワ波動電磁研究所HVLの自社ビルのみが地盤沈下に飲み込まれ、大穴に姿を消したのだ。


 いや、まぁ確かに、金の力で解決したのは、そうなんだろうけどね?

 お金かかってるのは知ってるよ、見積書に判子押したの僕だしさ。

 でもこれ、結局物理的に潰したよね?

 実行前にその旨を我が教団の代表巫女に訊ねた所、


「ほ、ほら、リータ段階では、まだ搦め手想定してたじゃないですか?」


 と、珍しく困惑した様子で返された。

 この人にも予想できないことってあるんだな。そりゃそうだろうし、知らないでもなかったけど。


「あはっ、これ……すごい……! わぁ、すごい、最高、最っ高!! 日常の中に表れた抜群の非日常、圧倒的な力と地続きの現実が逆に現実感を喪失させると共に、ビル消しという手品としては使い古された現象にカッコ物理という単純な修飾をつけただけでこれだけ馬鹿馬鹿しくも派手なネタに昇華したなんて!!」


 ソファ上の隣でテレビを見ていた姉弟子は、目をキラキラさせて大絶賛していた。

 ばっとこちらを振り向いて、がばっと腕を掴まれる。


「アンセットさん!」

「な、なに?」

「最っ高です!!」


 輝くような笑顔で宣言された。

 気に入っていただけたようで何よりだけども。


「これって、十年前の奇跡でしたよね?」

「そうそう」


 大規模な魔道具で遠距離から干渉させて現象を起こす、その原案は十年前の「神の奇跡」検証番組だ。

 姉弟子と僕は、姉弟子の実父でもある師匠からその話を聞かされていた。

 当時の有名な魔法学者の先生が、詠唱も魔法陣も魔道具も使わない物質生成の方法トリックとして、それを考案、実践したわけだ。


「物質生成みたいな複雑な魔法じゃなく、今回のはシンプルな破壊でしたもんね」

「魔道具技術も十年前よりは随分進んでるし、予算対物価比も当時の装置よりは上だと思うし」


 十年前の奇跡では小さな宝石を作るのがせいぜいだったけど、内容も状況も違うんだから、まぁこれくらいの成果は出る。


 魔力の波が干渉して悪影響を及ぼすって、やってることは悪性波動の原理そのものでもあるんだよね。

 今回のこれは、ちょっとダメージが直接的すぎるけど。


「いやあ、今回は本当に楽しかったよ!」


 人数分の麦茶を盆に乗せてリビングへ戻ってきたのは、今回の技術指導に加え、信頼できる魔道具職人も紹介してくれた、我等が師匠だ。

 ここでいう「信頼できる」とは、技術面に秀で、仕事の内容を絶対に口外しない、手品狂いの職人さんのことを指す。普段は手品用魔道具専門で、師匠も特別な道具やステージ用の大掛かりな装置については、いつもそこに発注しているらしい。


「本当に皆さん、巻き込んでしまって良かったんでしょうか」


 だってこれ普通に犯罪だからね。

 アイヴォリーさん滅茶苦茶言ってたけど、「立証されなければ罪ではありません」じゃないからね。


「少なくとも、私は声をかけられて嬉しかったよ。十年前の番組では演技も演出も不完全だったし、前々からあの種には興味があったんだよ。しかし、如何せん個人で気軽に試せる話でもないからね」


 師匠はそう言って、姉弟子を挟んだ僕の反対側に腰掛けた。


 師匠の収入なら出来ないこともなさそうだけれど、採算はとれない、一度魔道具を作ったら応用も発展もない、装置は動かせないから、練習も本番も同じステージでしか出来ない。

 確かに手は出しにくいだろう。


 今回、装置の設置場所は姉の会社が経営するレンタルホール。ちょうど魔力波の重ね合わせでHVL社屋を狙い撃てる位置に、三ヶ所を貸し切り。

 それぞれの会場では、結婚式の下見、ピアノ教室の発表会、わんこそば大会が開かれており、カムフラージュも万全だ。


 装置については、うちの教団に所属する魔法学の権威と、そのゼミ生が計算し、師匠の指示を中心に、教団内の信頼できる司教や信者らが操作した。


 既に装置は解体され、実行メンバーは各々の日常生活に戻っている。


「アンセットさん。あなたを弟弟子に持てたことを、私は誇りに思います」


 姉弟子は、まっすぐに僕を見つめて、真面目な顔でそう告げた。


「今回の種を使おうと提案したのは、アンセット君だからね」


 師匠も乗ってくる。


 僕は麦茶で舌を濡らした。


「計画をまとめたのはアイヴォリーさんで、お金を出したのはうちの姉だし、実際指揮をしたのは師匠で、種を考えたのは十年前の知らない人ですよ」


 だから僕は何もしてないんだけど。


「その人材を集めたのが、アンセットさんですよ」


 姉弟子はそれだけ言って、再びテレビに目を戻した。

 ビル焼失前後の比較写真を見ながら、にこにこしている。


 種を考えた人は知り合いじゃないよとも言いづらく、僕は鼻の頭を掻きながら姉弟子の反対側に顔を顔を向ける。

 同じくソファに並んで座り、麦茶のグラス越しににやにやしている、幼馴染みの少女と目が合った。


「いやー、参ったわよ、本当」


 わんこそば大会に蕎麦を提供したのは、蕎麦属性魔法使いの彼女である。

 地階倉庫室の構造や、ビル内に警備員がいない時間帯をリークしてくれたのも同じくだ。


「新規客の伸び悩みとか、警察もたまに来てたし? で、そろそろ主宰と経営陣が金だけ持ってトンズラしようとしてたところにこの天災・・で、完全にトドメよ」


 沈痛な表情の中で、目だけが笑っていた。


「レインさんも協力されたんですよね」

「うん。ちょっとだけだけどねー」

「こうして純粋な観客として楽しむのも素晴らしかったですが、こうなると少し、参加したかった気持ちも湧きますね」

「私は純粋な観客としてこのショーを見られたシェリーが、羨ましくもあるよ」


 そんな会話を間で聞いていると、師匠親子と幼馴染みも随分打ち解けたなぁと思わされる。

 幼馴染みのコミュ力の為せる業だろうし、今回はそのコミュ力のせいで僕の周りの人達が悪徳商法に飲み込まれ、結果こんな事件に巻き込まれたような気もするんだけど。


「沈む船から逃げ出すのは、本当に上手いよね。レインは」

「まさかビルが沈むとは思わなかったけどねぇ」


 そりゃそうだよ。主犯の僕も思わなかったよ。

 まさか経営コンサルタントが「ビルを破壊しましょう」なんて提案するとは、うん、言われたら「ああ、この人なら有るかな」って思ったけど。


「お姉ちゃんも乗っちゃうしねぇ」

「あの時、僕以外の二人とも飲んでたしね」


 あー、と幼馴染みは白眼を剥いて頷いた。

 喫茶店でアルコール頼むのは邪道だよなぁ、と、しみじみ思う。


「あ、でさぁ、考えたんだけど。勧誘でさ」

「受験生だから宗教活動は控えるんじゃないの?」

「控えるけど、息抜きよ息抜き」

「必要だね」


 僕の答えに満足そうに頷くと、幼馴染みは一本指を立てて、自信満々にこう言った。


「これ使えばマッチポンプで地震予知ぃ、なんてできちゃうんじゃないの?」


 僕は麦茶を飲み干し、大きく溜め息をつく。


「いや、こんなの使わなくても、地震なら来月の四日、港湾都市ポートピアで超でかいのが起きるから」


***


 翌月、観測史上最大規模の震災が港湾都市で発生し、揺れによる家屋の倒壊と津波被害で都市は壊滅。

 事前に避難していた人々を除くほぼ全ての住民が、死亡又は行方不明と報じられた。

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