冤罪 ~とある犯罪者の呟き
諸行無常
第1話 取調 1日目
「お前を逮捕する。」
え? 何? ドッキリ? 何が起こった?
「これが逮捕状だ。逮捕理由は殺人。もちろん身に覚えがあるだろ。お前には黙秘権、そして弁護人を依頼する権利、そして接見交通権がある。分かったな。令和元年6月16日午前7時30分逮捕」
それは梅雨に入ったばかりの雨の降る早朝、まだ起きたばかりの俺は寝ぼけ眼で頭も半覚醒状態で何が起こったの理解できずに反論することできなかった。その後、手錠をかけられ警察官に囲まれてパトカーに乗せられる。そして、近くの警察署に連れて行かれた。
通された先は取調室。
なぜ逮捕されたのかもわからない。殺人など犯していない。犯していないのを俺は知っている。だけど、逮捕理由は殺人。なぜそうなったのかもわからない。不安が押し寄せる。逮捕されたという現実が重くのしかかる。参考人として呼ばれたわけでもなく逮捕され被疑者として連れて来られた。俺は無実だ、しかし、冤罪というものがまかり通っている世の中だ。このまま有罪とされる可能性もある。だが、俺は無罪だ。その内、証拠が出てきて無罪ということは理解してくれるだろう。そう考えていた。絶対にやってないことを理解してくれて直ぐに釈放されるだろうと考えていた。だけど、それが甘い考えだったということを、後で嫌というほど俺は知ることになる。
「お前が、我孫子次郎で間違いないな?」
「はい。間違いありません」
「お前は平成30年2月4日静岡市の路上で当時34歳会社員の男性を殺害した。間違いないな」
「やってません。」
「嘘を付くな!」
警察官は自分のシナリオ通りに進まない事態を自分のシナリオに戻そうとするかのように大声で恫喝する。
「本当にやってません。なぜ逮捕されたんですか?証拠を見せてくださいよ。」
「証拠だ?犯罪者は直ぐそういうことをいう。慣れてるな、お前逮捕されたの何回目だ? お前ら馬鹿が証拠見ても分かるわけ無いだろ。お前は俺の言うとおりにしてればいいんだ。証拠でお前が犯人だと証明するのは俺達だからな。」
「警察官が犯人だと決めるんですか?」
「当たり前だろ。警察が誰を逮捕して誰を有罪にするかを決めるんだ。」
「逮捕は要件があるでしょ。法律で決まっているはずですよ。」
「アホかお前は、警察が誰を逮捕するかを決めるんだぞ。法律なんか後付だ!警察の行為を正当化するための方便のようなもんだ。」
「だったら、法の上に警察が存在するようなものじゃないですか。」
「当たり前だろ。」
「日本は立憲民主主義ではないんですか?」
「なんだそれは? 馬鹿も難しい言葉を知ってるんだな? どういう意味だ?」
「統治は憲法に基づいている、つまり憲法に反する統治は出来ないということです。政府の上に警察がいることになりますよ。」
「お前馬鹿だろ? 政府の上に警察がいるわけ無いだろ。」
「だったら、逮捕の要件は法律に基づかないといけないんじゃないですか?警察が誰を逮捕して誰を有罪にするとか勝手なことは言えないはずですよ」
「裁判官が犯人を見つけて捕まえるのか? 違うだろ? 誰が犯人かを突き止め逮捕するか決めるのは警察だろ? 警察が捕まえればほぼ有罪だろ。だから、警察が誰を逮捕して犯人にするかを決めるんだ。」
「だから、冤罪が沢山あるんでしょ。」
「ホォー、俺がいつ冤罪出したんだ?他の奴のことは知らないな。俺が冤罪出した証拠はあるのか?」
「いえ、ありませんが・・」
「だったらグダグダ言うな!素直に認めたら良いんだよ」
取り調べる警察官の怒声が取調室に木霊する。
「なぜ俺が犯人とされてるのか教えてもらえないですか?」
「知る必要はない!」
「知らないと反論できません」
「反論する必要がないから知る必要もない」
「そもそも、俺は静岡になんか行ってませんが」
「そりゃ、犯人はそういうよな。だから犯人の自己隠避は無罪なんだ。その自己隠避も有罪だという証拠だな。」
「なぜ、無罪だと主張したら有罪になるんですか?」
「無罪だと主張したからじゃない警察がお前が犯人だと決めたからお前は有罪なんだ。」
この警察官と話していても対話しているという感じがしない。まるでRPGの同じことしか言わない村人Aにずっと話しているみたいだ。
「と、ところで、弁護士呼んでもらっていいですか?」
「駄目に決まってるだろ!」
「なぜですか? 逮捕される時にも弁護人依頼権を説明されましたけど」
「あのなぁ、ここはアメリカじゃないんだぞ? ゴーンも裸足で逃げ出す日本だぞ? 弁護士同席の下での取り調べなんか夢のまた夢の日本だぞ。警察のお許しをえずに弁護士なんかが被疑者と接見できるわけ無いだろ。取り調べが一段落してからだ。」
「それって弁護士の入れ知恵があれば不味いことを接見前にやってしまおうという魂胆ですか?」
「まぁ、否定はしないがな。ここで何を言っても証拠にはならんし証人もいない。何のために警察が取り調べの100%可視化を阻止してると思ってるんだ?」
「どうしてですか?」
「被疑者が恥ずかしがって自供しなくなるから録画させないとかの理由でも可視化を防いでるんだが、本当は自供させるために録画させないんだよ。」
「自分たちの都合の良い結果を得るため可視化防止ですか」
「当たり前だろ。日本は行政肥大化現象で司法の判断も行政に影響を受ける国だぞ、警察が無理を通せば司法が道理を引っ込める訳だ。」
「どうりで冤罪が発生するわけですね。」
「アメリカはな拷問の後の自白は信憑性に欠けると言っている。日本だってな分かってるんだぞ、そんなことは。憲法38条も刑事訴訟法319条もそういってるだろ。だけど自白は取れりゃいいんだよ。長時間に及ぼうとそれを行政の影響下にある裁判官が良しと言えば許されるんだ。つまり、お前が長い取り調べが嫌なら直ぐに白状しろってことだ」
「兎に角、弁護士に一度相談させてください」
「だから、この取り調べの後って言ってるだろ?」
「だったら、まず証拠を見せてください。無ければ何も話せませんし。」
「そのうちな。」
話が通じない警察官と対峙して既に数時間、こちらの言い分は全く聞かずただ警察の考えてシナリオ通りの自白を取ろうとするだけ。弁護士とさえまだ会えてもいないし依頼してさえいない。国選弁護人の話は聞いてさえいない。このまま犯人とされてしまうのだろうか。
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