第4話 聖女の行進
俄かに、外が騒がしくなった。
ギルド内にいた他の冒険者らも、ぞろぞろと外に出て行く。
「おい、マスター。やけに外が騒がしいな」
「祭りか?」
アルトが、カウンターにいる、男に声を掛けた。
「あぁ……お前ら知らねぇのか」
ギルドの「マスター」と呼ばれた男が立ち上がり、カウンターから出てきた。
そして、入り口のドアを開け、外の様子を窺う。
片目に眼帯をした男である。太い腕から元々は戦士であったことが窺える。
「ん?」
アルトが、口をモゴモゴさせながら、マスターを見る。
「何でも、ポルテギアの魔王討伐隊が来るらしい」
興奮した表情である。
「ポルテギアが? 王位継承で揉めてるってのに、そんな余裕があるのか」
サイモンが笑い飛ばす。
「何でも、王位継承の内紛を、一人の聖女様ってのが治めたらしい」
「そして、その聖女様が魔王討伐に乗り出すんだとよ。まったく有り難い話だぜ」
「皆、その聖女様を一目見ようってんで、この人だかりよ」
マスターが、外を指さした。
忠興は、そんな話に興味はない。
奇特な物好きがいるものだとばかりに、ワインを煽った。
「へー、聖女様ねぇ……」
コエンが感心したように声を上げた。
「しかし、誰だよ。そんな力のある奴なのか」
「バルカノのモンか?」
アルトが、ようやく口を開いた。
「いや……」
マスターも、詳しくは知らない様子であるが、魔王の討伐という一事はそれ程の話題ということなのだろう。
忠興は、グラスにワインを注いだ。
しかし、
「何でも、突然現れたそうだ」
忠興の手が止まる。
「名はガラシャ」
忠興の手から、グラスが落ちた。
四
「ガラシャだと?」
忠興は、落ちたグラスなど気にも留めずに、入り口に走った。
気持ちが舞い上がり、足がもつれた。
「おいおい、どうしたんだヨイチ」
アルトが呼び止めるが、そんな声は耳に入らない。
沿道には既に、黒山の人だかりが出来ていた。
「おい、聖女は?」
忠興が、見物の男を捕まえ声を掛ける。
「い……今、通って行ったよ」
「何なんだアンタ……」
忠興の余りの剣幕に、男はすっかり委縮している。
「どっちに行った」
「あ……あっちだよ、王様に挨拶に行くはずさ……」
男が、答える。
「イスパリオとポルテギアは、ライバルと言えども友好国だからな」
「領内を武装した集団が通るんだ、ウチの王様への仁義は通さねぇとな」
忠興の横で、マスターが言う。
「聖女様ってのは、アンタの知り合いかい」
マスターの質問には答えず、忠興は走り出していた。
(間違いない、珠だ)
(珠、会いたかったぞ。この世界に来て、すぐにお主に会えるとは、おお、神よ感謝するぞ)
群衆をかき分け、忠興は走った。
(見えた。アレだ)
忠興の前に、馬に乗った一行が見えた。
10名程が馬に跨り、仰々しく行進している。掲げた旗はポルテギアの旗であろう、二匹の竜が盾を挟んで向かい合う意匠が施されている。
「珠―!!」
忠興が叫んだ。
その声が喧噪に掻き消される。
「どけい」
忠興は、目の前の群衆を押しのけ、一行に近づいて行く。
そして、もう一度叫んだ。
「珠、珠―!!」
すると、一行の中央を進む、少女が振り返った。
歳は10代の半ばころか、白い肌をしている。その金色の髪が、日に照らされ後光の様に煌めいた。
「……」
その金色の瞳が、群衆を見渡す。そして、その視線は忠興を捉えて、止まった。
横を進む、銀色の鎧を纏った武人が、それに気付いて少女に何やら声を掛けた。
姿は違っていても、忠興にはその少女が、亡き妻である珠の生まれ変わりであることが分かった。
そして、それを瞬時に理解できる己こそ、誰よりも妻のことを理解していると認識したのである。
「そうだ、お主は珠であろう?」
「ワシじゃ忠興じゃ」
忠興は少女に近付こうとするが、賑わう人の波で思うように進めない。
「どけい、邪魔をするな」
忠興が男を押しのける。
「何だテメェ」
「おい、押すな」
男と、その仲間たちが、忠興に食ってかかる。
「どけ、お前ら木っ端に関わっている暇はない!」
忠興は無視して進もうとするが、男たちは、それを許さない。
「うぬっ」
忠興が刀の柄に手を掛けた。
(ワシと珠の間を割こうとするか……)
まさか、男たちにそんなつもりはない。しかし、忠興にはそう思われたのだった。
「ヨイチ殿、止めなされ」
その忠興を、後ろからサイモンが羽交い絞めにした。アルトが男たちとの間に入る。
「離せ、離さんか!!」
忠興はサイモンを振りほどこうとするが、サイモンは、その逞しい両腕で必死に忠興の動きを封じる。
(コイツ……死ぬか……)
忠興の身体から紫色の煙が沸き立つ。闇の力である。
「そんな、街中よ!!」
遅れてきたユリィが、忠興の前に立ちはだかる。
「見ろ、ヨイチ殿」
「聖女様なら、もう王宮に入ったぞ」
コエンが言う。
すでに、ポルテギアの一行は大通りの先にある王宮へと抜けていた。
「くそっ……」
忠興が、悔しそうに拳を振り下ろした。
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