異世界一のヤンデレ
長岡 なすび
第1話 プロローグ
第一章
一 戦国一のヤンデレ、転移する
ええい、忌々しい。何だ、あの旗印は――
大一大万大吉……笑わせてくれる。貴様のどこに、そんな義がある。
女子どもを人質に取ろうとする、貴様のどこに、そんな旗を掲げる義があると言うのだ!
治部よ!
元々、ワシはお前が気に食わんかった。その才をひけらかすような面を見ると虫唾が走った。その貴様のせいで、秀次様も、利休様も関白秀吉の勘気に触れて自害に追い込まれた。
全ては、貴様が裏で手を引いていたことであろうが!
それで、ワシの好物の柿を手土産に、拠りを戻そうとは片腹痛いわ。
しかし――そんなことは、もはやどうでも良いのだ。
貴様、貴様、貴様は、ワシの、ワシの、ワシの、ワシの――珠を死に追いやった。
大名の妻として見事な仕儀……そんなものが、何の意味を持とうか。
珠、珠、珠――、そなたに会いたい、会いたい、会いたい。
声を聴きたい。その澄んだ瞳を見つめたい。その白く柔らかな肌に触れたい。
珠よ、何故死んだ。
治部、貴様だ。貴様が悪いのだ。
全てを、ワシの全てを――奪いおった。
おのれ、おのれ、治部を!
必ずや、貴様の首は、このワシが挙げて見せるぞ。
ええい、まだか。まだ始まらぬのか。
おお、あれは井伊の軍勢か。先陣は福島殿と聞いていたが……そうか……内府は徳川の手勢で決着を着けたいのだろうな。
どちらにせよ、ワシには関係のないことよ。
狙うは石田治部三成の首一つ!
者ども、鬨の声を挙げい。この戦は、我らにとっては、珠の弔い合戦であるぞ!
遅れを取るな! 進めい!
む……これは、どうしたことじゃ?
銃声の音、喚声の声、刀槍の響き合う音も聞こえん。
敵はどこじゃ。
いや、そもそも……ここは、どこだ。
はて、ワシは関ケ原で治部の軍勢に向かって突撃を仕掛けておったはずじゃが……
待てよ、ワシはもしや……討たれたのか?
ゆえに、このようなところにおるのか……
治部の首を取ると息巻いておったが、この様か……我ながら情けない。
いや、ワシのことだ、覚えてはおらんが……さぞや見事に死んだことであろう。
あとは、残った者どもが、治部の首を挙げてくれよう。
ふふふ、死んでまで甲冑を身にまとっている辺り、ワシらしいわ。
死んだら、珠には会えるのか。ワシは神仏というものは信じてなどおらぬが、もしおるのであれば、今一度、珠に会わせてもらいたいものだ……
(驚いたな……人間よ)
何だこの声は、頭の中に直に響いてくる声は!
(つい先ほど、あの女をここに転生させたばかりだと言うのに……)
(一途な思いが、時間も……空間までも超えたというのか……人間とは時に、イレギュラーなことをしでかしてくれる)
この声は、まさか――神という奴か。
神も仏も信じてはおらなんだが、これは有り難い。
これは僥倖、ワシを珠に会わせてくれ。
ワシはこれまで多くの命を奪ってきた。今更、珠の言うパライソ、極楽なんぞに行けるとは思うてはおらぬが、後生じゃ、一目――
(慌てるな人間よ。お前は死んではおらぬ)
(お前の尋常ならざる思念が、時空の壁を破ったのだ。かくなる上は、その思いのままに行くが良い。私としても誤差の範囲内だ)
ワシは、死んでおらぬのか……
そして、珠に会えるのか!
おお……神よ。感謝しますぞ。
珠、珠、珠よ!
感じる、感じるぞ、お前の匂い、声が……この世界、お前はこの世界におるのじゃな。
必ずや、探し出して見せるぞ。待っておれ。
この忠興、もう、お前を離しはせぬぞ!
――こうして、慶長五年九月十五日(西暦一六○○年十月二十一日)、天下分け目の関ケ原の戦いの最中、細川越中守忠興は戦場から忽然と姿を消したのである。
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